【02】絶望とスーツの男

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 家族に限らず自分と関わる者をすべて失った雅斗(まさと)は「これは人生を一からやり直すチャンスかも知れない」と心機一転、見知らぬ街で新生活を始める決意をした。  そこで「とりあえず生きるためには金が必要だ」と必死に職を探し、厳しい労働に耐えてようやく手にした初給料を強奪されてしまうという下手をすれば二度と立ち直れなくなってもおかしくない状況から救ってくれたのが、会話すらしたことのなかった桜場だったのだ。  温かい言葉や心遣いが嬉しかったのはもちろん、とりとめのない身の上話を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた先輩に対して雅斗が(いだ)いてしまった思慕の念が、会いたくてたまらないのに会えない状況と(あい)まって一層強くなっていく。  その一方で、雅斗は周囲から「桜場なんて奴は知らない」と否定され続けているうちに、あの晩の出来事のどこまでが現実だったのか正直なところよく分からなくなってきていた。  ドラッグは一度もやっていない……でも、もしかしたら強い孤独が長年かけて積もりに積もって「自分の理想の話し相手」をリアルな幻覚として生み出しちまったとしたら?  すでに俺は、何が現実で何が想像なのかを区別出来ないほど、おかしくなっているのか?  一度走り出した不安、焦燥、そして混乱は、雪の積もった急斜面を転がり落ちる雪玉のように膨れ上がり、雅斗は今まさに絶望の淵に立っていた。  いっそのこと橋から飛び込んだら楽になれるだろうか……と、黒い川の早い流れを凝視しているうちに吸い込まれそうな感覚に支配されていく。
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