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【04】沈みゆく氷
この国を代表する巨大な駅を取り巻くように陣取っている多数の商業施設が面した大通りを隔てた一画に、迂闊に足を踏み入れてしまえば帰り道が分からなくなるほど猥雑に店がひしめき合う「白夜区」がある。
夜になると一斉に目を覚まし、派手なネオンで闇を埋めつくすかのように活動を始めるその空間には、常にあらゆる言語が飛び交っていた。
歩道には防犯カメラが設置され、以前とは比べ物にならないほど治安が良くなったとも言われているが「この区域の本質は変わることなく、隠し方が巧妙になっただけさ」と、長く棲む者たちは口を揃えて嗤う。
大金が動く歓楽街として例外ではなく暴力団同士の縄張り争いが絶えなかったこの場所は、同業者や警察から近年「経済ヤクザ」として知られるようになった波老組が仕切っていた。
そんなまばゆいネオンの海からはずい分と離れた白夜区のはずれに、看板すら出していない汚れた外観の古いバーがある。
店内は薄暗いランプの灯りが照らすテーブル席やカウンター席の他に、ワイン樽をテーブル代わりにした立ち飲み席などで構成されており、オーナーもスタッフも外国人だ。
木の壁には古い洋画のポスターが何枚も貼られてなかなか良い雰囲気なのだが、ペコペコと不自然な動きをしているため、どうやら装飾目的ではなく酔って暴れた客にあけられてしまった穴を塞いでいるのだろう。
駅から離れている立地が関係し他店と比べるとかなり安い金額で楽しめることから、白夜区で生きる海外の者たちに「同郷同士で合流し、酒を飲みながら一日の疲れを癒すのに最適な店だ」と気に入られ、客足が途絶える日はなかった。
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