【04】沈みゆく氷

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 そして今夜も大勢がこのバーを訪れており、いつもなら相手の言葉が聴き取りづらいほど賑やかに雑多な言語や笑い声が混ざり合っているはずであるが、どことなく静けさが漂っている。  店内の客たちは皆、気品を感じさせる芸術作品のような容姿であるにも関わらずカウンターの端の席に座って煙草を雑にふかしながら酒に溺れている青年のことが、気になって仕方ないのだ。  彼らの目の先にいるのは、愛車のバイクで目的もなく疾走し白夜区に到着した後、駐車場から適当に歩いていたら賑やかな声の聞こえる建物があったという理由だけで立ち寄った、ヒドウであった。  その美貌を隠すために「96」に入って以降、普段かけるようにしている伊達眼鏡を使用することすら忘れて、酒好きであっても一杯飲んだら白目をむいてひっくり返りそうなアルコール度数の高い無色の酒を入店時から延々と頼み続けている。  バーテンダーからどこかの国の言葉で「おいおい兄ちゃん、大丈夫かい?」と心配され始めたが、空いたグラスに金を添えて置けば新たなグラスが置かれるのでひたすら飲む。  なにもかも忘れたくて飲んでいるのに、アザミに会いたくてたまらない気持ちが少しも消えずにさらに飲む。  途中トイレで吐いて多少スッキリすると、アザミと過ごした幸せな日々を思い出してしまうためカウンターに戻ってまた飲む。  そんな荒れた飲み方をしている紫煙を(まと)ったヒドウの退廃的な美しさに耐えきれず「慰めてやろうか」と下心丸出しで声をかけてきた者たちは、問答無用とばかりに全員追い払った。
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