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「派手にやられちまったようだが、盗られたのが現金だけだったのは不幸中の幸いだったな」
と、桜場が雅斗を慰める。
現金は作業ズボンの尻ポケットの財布に入れていたのだが、免許証と通勤で使うICカード、そして自宅の鍵は上着の内側へ分けていたのだ。
「あ……だから、金ないんで……俺、帰ります」
そう言って、四人用のテーブル席の椅子から腰を浮かしかけると、
「そんなこと気にしなくていい。おごるつもりがないのに財布を盗られた人間を居酒屋には誘わないよ」
と、桜場がお品書きを雅斗のほうへ寄せた。
「え……あ、あの、でも……」
今まで他人からごちそうしてもらった経験などない雅斗が戸惑っていると、桜場は「まぁ、こうやって俺と会話するのは今夜が初めてだから無理もないか」と笑ってから、
「今日の現場は特にきつかっただろ?あんた若いから、金がなくても腹は減ってるんじゃないかと思ってさ」
と、温かな言葉までかけてくれたのである。
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