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きっと桜場はATMから引き出した後、その現金とキャッシュカードをまとめて封筒に放り入れたことを忘れていたのだろう。
もちろん雅斗は暗唱番号を知らないので「今夜カードを預かって明日会社で返しても特に問題ないよな」と思いかけた。
しかし桜場が封筒ごと生活費を雅斗に貸してしまったということは、居酒屋から解散した後、再びATMに立ち寄る可能性もある。
今頃カードを落としたと勘違いして探しているかも知れないと心配になってきた雅斗は、桜場の連絡先を知らないため「まだ追いつけるはずだ!」と、来た道を痛む体で必死に走って戻り始めた。
先ほどまでいた居酒屋の前を通りすぎて、さらに進んで大通りに出た雅斗が周囲を見回すと、少し離れた場所に自分とは一生無縁そうな黒い高級車が停車していることに気付いた。
ああいう車ってどんな悪どい商売をしている奴が乗ってるんだろうと、やっかみながらもつい見てしまう。
「……あれ?今のは桜場さん……まさか?」
ほんの一瞬だが、その高級車の後部座席に桜場が乗せられたように見えたのだ。
続いて細身の影が、そして最後に子供のような影が乗り込むと高級車はスルスルと静かに走り去って行った。
雅斗は体が痛むのも忘れて足を引きずりながら周囲を捜したが、もう桜場の姿はどこにも見えなかった。
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