2.意外と強引?

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2.意外と強引?

俺のシフトは初日は月曜日で次は木曜日の平日夜に入って今回初めて土曜日ランチタイムだ。 学校では情報処理部に入っていて、毎日活動しなくても良いし、土日は基本活動はない。 できるだけ部活や成績に影響しない範囲でならバイトをしてもいいと母と約束している。まだ2回しか来ていないがこの職場の雰囲気は本当に気持ちのいいものだった。 「おはようございます」 建物裏の従業員専用出入り口の横にある喫煙スペースで政樹さんがぼんやりとたばこを吸っていた。 「お、今日は昼?」 煙を吐き出してこちらを見てニッと笑う。初めの日はつかみどころのない人だと思ったが2日目の時は少し打ち解けて笑顔を見られるようになった。どうも人見知りをするらしい。笑うと目じりに小さな笑い皺がよってすごく柔和な感じになる。終業後の休憩の時に同じ携帯アプリゲームをやっているのがわかってフレンド申請をした。 政樹さんは課金もガッツリのガチ勢だったので 「俺、無課金なのでそんなにいいのもってませんよ?」 と言うと 「俺のいっぱい使ってフレポ稼がせてくれよ」 と笑顔で登録された。年齢は37歳だと聞いたけれどもう少し若く見える。ただ笑った時には笑い皺のせいで歳相応な感じになる。 「おはようございます。政樹さんのメタフレめちゃめちゃ火力高いですね。昨日すっげー助けてもらいましたよ。」 「だろ?金かかってるからねー。あっくんのタコメリもよく育ててあるじゃん。時々借りることになりそうだよ」 「そうっすか?使ってください。ありがとうございます」 更衣室に向かいながら頭を下げた。 今日は初めて他のバイトの人とも会うのでまた自己紹介して挨拶だ。今日一緒なのは主婦の人とおとなしそうな高校三年生の女子で、初めて食器洗浄以外の仕事をすることになった。サラダを小鉢に取り分けて準備したり、トッピングを添えたり、指示された材料を冷蔵庫から出して渡したりなど覚えることが多くて混乱しそうだったけれど、主婦パートの小杉さんがわかりやすく教えてくれて 「あわてなくてもいいよ」 と彼女の仕事をこなしながらもサポートしてくれたので忙しい土曜日のランチタイムも何とかこなすことができた。 ランチタイムの営業が終わり、皆で賄いをもらう。今日の賄い当番は山口さんで、サラダとスープとなんだか色々な野菜とベーコンのトマトソースパスタだった。すっげーおいしい。もう午後3時近いので腹ペコだった俺は夢中で口いっぱいにほおばっているとお代わりまでくれた。 食事中の話題は新入りである俺のことに集中した。 通っている高校のこと、進学するのか就職するのか。家族構成。今時ここまでプライベートに突っ込むか?と思うが小杉さんが主婦パワーでぐいぐい来る。父親がいないことや、一応進学希望であることなど特に隠す必要のないことなのでぽつぽつと話す。進学希望なので学業優先であることもはっきりさせるいい機会になった。おなか一杯になりそれぞれの使った食器を食洗機のコンテナにセットして帰り支度をする。月に一回くらいは昼夜通しのシフトの時もあるが今日は昼だけだ。 出入り口横の喫煙スペースに政樹さんと店長がいた。俺が自転車の鍵を開けていると 「お疲れさん。チャリでどのくらいかかるの?」 店長が聞いてきた。 「20分くらいですね。すんません、お先に失礼します」 「おー、気をつけて帰れよ」 「また明日な」 ハモって言われた方に頭を下げて自転車を漕ぎ出す。少し行って振り返ると店長がすごく笑っていて政樹さんが蹴りを入れるふりみたいな動作をしていた。 へー、なんか仲良さそう。大人でもあんな感じで付き合えるんだ。俺もあんな風に今の友達と大人になっても付き合えるといいな。 家に帰ると洗濯物を取り込んで畳んでおく。先に部屋に行ってしまうとやりたくなくなるので一気に片付ける方がいいのだ。自分の分の洗濯物を持って部屋に入るとベッドに転がってスマホの画面を開く。SNSをチェックしてゲームを開いた。パーティー編成のサポート欄に政樹さんのメタルフレイムドラゴンをお借りして編成する。政樹さんのサポート編成はどのクラスもレベルマックスで本当に強い。そうとう課金してるよなってわかる。 政樹さんはバツイチ独身だって小杉さんが言ってたっけ。自由になるお金があるって訳だ。ちなみに店長はバツ3だそうで、女癖の悪さが原因だという。見た目の印象を裏切らない人だなー。2人は中学の同級生で若い頃は随分ヤンチャだったと聞いた。てか、おばさんの情報量多いよな。 機械的にレベルアップの周回をしていると眠気が襲ってくる。ガコっと携帯を落としてハッとする。今日は母さんは準夜勤だから帰ってくるのは日付が変わってからだ。介護施設で働いている母親は俺が高校に上がったのを機に泊まりの夜勤もするようになった。今日は昼が遅くてたくさん食べたから晩飯は適当でいいや、とちょっと寝る体制に入った。 ピコピコとかすかな音で意識が浮上する。携帯にメッセージが届いているみたいだ。時刻を見ると午後7時を過ぎている。結構寝てしまったみたいだ。メッセージアプリを開くと駆からだった。 『ヒマ?』 『寝てた。起きた』 返事をすると 『行ってもいい?』 と聞いてきた。 『いいけど飯食ったの?ウチ何にもないよ』 『持っていくわ』 10分もしないうちにから揚げとポテトサラダを持って駆が来た。 「お袋から。一緒に食おうぜ」 大川家は道一本表の通りにあって、から揚げはまだ温かかった。冷蔵庫から冷や飯を出してレンジで温める。大川家のおばさんは母とも仲が良くて時々こうして一人の時の夕飯を気にしてくれる。母からなにやらお礼をしているらしいので感謝だけして遠慮はしないことにしている。話題は当然バイトの話になる。 「お前けっこう即戦力だって兄貴がほめてたぜ。やっぱ台所とか慣れてるからか?」 うれしいことを言われる。 「融さんはすごいよ。厨房でかなり頼りにされてるみたい」 「なんやかや言っても長いからな、あそこ」 それはあそこの職場環境がいいからなんだろうな。飲食店なので当然体力的にはハードだけれど人間関係の軋轢が少なくて心の体力は使わなくてすみそうだ。 「兄貴も言ってたよ。めんどくさい人間関係がないのがありがたいって。でもさ、なんか元“夜のツーリングクラブ”のヘッドだった人がいるんだって?」 へ?それは初耳だった。誰だろう。他のバイトの人かな?あ、店長とかあやしいかも。ヤンチャだったって言ってたし。政樹さんもワルかったって聞いたけど、全然イメージできない。 「うーんと、まさきさんっていう人?高校行かないでヤンチャしてて大園の『アンバインデッドウルフ』の頭を2年くらいやってたんだって。ケンカとかめちゃくちゃ強かったらしいって」 駆の話は想定外だった。 「まさか、穏やかそうでケンカとかイメージできないよ。体はデカいけど、人見知りらしいし、なんかぼっーとしてる感じだし。このゲームやってるけどマジの課金勢で悪い遊びに金とか使ってなさそうだし」 アプリを開いてフレンド欄を見せる。 「ま、若い頃どんなわるさしてても今はいい人なんだろ?ならいいじゃん」 食い終わった駆の分の皿も片付けて二人でダラダラとテレビを見ながら話をする。 10時になると 「お前明日もバイトだろ?帰るわ。頑張れよ」 洗ったタッパーを持って駆は帰っていった。 夏休みも終わりどんどん季節は過ぎていく。先月末に17歳になった。厨房の仕事も一通り覚えて、学校との両立も無理なくこなせるようになってきた。俺は厨房の末っ子扱いですごくかわいがられている。おばちゃんたちはお菓子をくれるし、おじさんたちはめっちゃかまってくる。たまに失敗した時はさすがにきびしく叱られるが、同じ失敗を繰り返さなければいつまでもネチネチ言われることもない。この前アボカドの皮をむいて種を取り出しておくように言われて握りつぶしてしまった時はさすがに 「わからなかったら自分でかってに判断しないで聞けよ」 と山口さんにきつく言われた。そうだよね。最初に皮をむいてしまったらどうやって種を取り出すのかわからなくなって、適当に半分に切ろうとして握力で使い物にならなくしてしまったのだ。 俺がつぶしたアボカドは賄いに回された。その日の賄いの当番だった政樹さんに 「かわいそうなアボカドの気持ちを思い知れ」 とラリアットのまねをされそのまま頭をわしづかみにされた。政樹さんはちょいちょいプロレス技をかけてくる。どれもふりだけなので苦しくも痛くもないけどがっちりホールドされると俺の力ではぜんぜん解けなくて、体格とか体力の差を実感して悔しくなる。20歳も年上のおじさんに歯が立たないとかダメすぎだろ俺。政樹さんに何か筋トレしているのかと聞いたら、体型維持のためのジム通いはしているとのことだった。 「大体週1、2回くらいだよ。そんなにガチでやってないし。パチンコ行ってる方が多いな。店長の方が鍛えてるぜ。あいつはまだモテたいらしいし」 笑いながら見事なシックスパックを見せてくれるが、俺は肉も薄くてペラペラな自分の腹や胸をため息と共に見た。 「あっくんはそのままでいいんじゃないの?みんなのアイドルなんだし。ゴツくなっちゃダメでしょ」 と俺の脇腹をつかんでそのままくすぐってきた。初めは人見知りで距離をとっていたようだったが、慣れるとスキンシップがすごく多い人だ。さすがに女性と上司にはやらないが、同級生だという店長とバイトの男子には膝カックンやら脇腹くすぐりやらよくしている。特に俺たちくらいの年代との言葉でのコミュニケーションの取り方が下手くそだと自分では思っていて、体でコミニュケーションを取ろうとしているらしい。そんなに気にしなくても話題がおじさんくさくて話もできないとかいうことはないのに、と思ったら、たまに別れた奥さんとの間の子供と会った時に話がうまくできなくてへこむことが多いのだと言った。 「子供いるの?いくつ?」 賄いをいただきながら触れられた話題にびっくりして聞くともうすぐ16歳の女の子だという。俺よりいっこしか下じゃない。 アプリゲームを始めたのも娘さんとの共通の話題が欲しかったからだという。そしたら思いのほか面白くてはまってしまったのだとも。かなり歳の離れたお兄さん位に思っていたがお父さん世代だったのか…。俺の考えていたことが顔に出ていたのか政樹さんが少し傷ついたような顔をした。 「どうせおじさんウザいとか思ってるんでしょ。実際そうだからしょうがないけどさ」 すねたような言い方に思わず笑ってしまった。そんなことないのに。少なくともウザいとは全く思わないよ。16歳の女の子はどうだかわからないけど。 「来週誕生日なんだけど何あげれば喜ぶのかさっぱりわからん。あっくん女子の欲しいものとかわかる?彼女とかに欲しいって言われるものない?」 と聞かれたけど、 「彼女とかいないし」 こんどは俺がすねたような言い方になってしまった。 女子のことは女子に聞けばいいんじゃないですか?と返すと厨房の女の子たちは娘さんとタイプが違うのでたぶん参考にならないという。ならばホールの子たちはというと聞きにくいという。忘れてたけど人見知り属性こんなところで発揮するんだ。てか、厨房の女の子とタイプが違うんならアプリゲームとかで接点できないじゃん。もっとドラマとか歌番組とか見ろよと思ったがいらない世話かと黙っていた。 次の定休日に買い物に行くので放課後でいいから付き合って欲しいと頼まれた。 「えー、俺?本当に女子の欲しいものなんてわからないですよ」 と困惑するとクラスの女子とかにリサーチしておいてくれとミッションを押し付けられた。 「晩飯おごるから。あっくんの食べたいものなんでも」 拝み倒されてしぶしぶ承知した。結構強引なところがあるんだな。
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