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師走に入り、世間も慌ただしさを増す中、例に漏れず、我が社もその波に巻き込まれていた。 年内にやらなければならない事は山積みだというのに、社内や取引き先との忘年会やらお疲れ様会などで、思うように残業も出来ず仕事は進まない。疲れは溜まるし、仕事も溜まるで、社内はどこもかしこもピリピリしていた。 そんな空気から解放された昼休み。大きな窓から差し込む柔らかな冬の日差しの中、目の前でピンク色に頬を染める美桜(みお)ちゃんの事を羨ましいなと思っていた。 「さっき、目が合ったんですよ」と、キラキラした瞳で訴えてくる彼女に、「誰と?」と問えば、「佐伯課長に決まってるじゃないですか真野さん!」と、当然の事として返事が返ってくる。 「あぁー」と、気の無い返事をすれば、「もう」と頬を膨らます彼女は、女の私から見ても可愛いと思う。 こんな風に誰かを思って、照れながら話をしたなんて、いつの事だろうかと思う。本当に遠い昔のこと過ぎて思い出せない程だ。 四つ下の美桜ちゃんが、恋する乙女モード全開だというのに、こっちはとっくに現役引退して、隠居生活のような気分で、いつもはおっとりさんなのに、興奮して少し早口になってる彼女の事を、微笑ましく思いながら話に耳を傾けていた。 【tori】《トリ》と名付けられたその空間は、私たちが働く職場の多目的ホールで、主に社員が休憩所として利用している。 北欧家具を扱う会社らしく、センスの良い空間で、まるで二子玉あたりにあるお洒落なカフェと言っても通用するようなスペースだ。白に統一された壁や天井に、木製の家具が配置され、アクセントに鳥がモチーフの青や水色の小物を使っている。 大きな窓から差し込む自然光が心地よく、家具の木のぬくもりとともに、自然を感じられる空間だ。 フィンランド語で、広場を意味するtoriという名前に見合った開放感がある空間で、昼休みはもちろん、終業前や後にも社員たちが集う場となっていた。 美桜ちゃんがご執心の佐伯課長とは、営業三課の佐伯課長の事で、このtoriをプロデュースしたのも彼であり、そして私、真野美月(まのみづき)の直属の上司でもある。
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