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ふと、斜め前にいる一木(ひとつぎ)さんが目に入る。 やばっ! 心の中でそう呟いた。 涼やかな一重で、クールな印象の彼女は、あまり喜怒哀楽を表情には出さない。 でも、俯き加減で、黙々と手作りのお弁当を口に運ぶその表情は、多分今のこの話題を快く思ってはいない。 早く話題を変えないとと、「百間さん、最近旦那さんどうですか?」と、慌てて別の話題を振ると、「それがね、もう聞いてよ〜」と喰いついて来た百間さんにホッとする。 「旦那の実家から、さくらんぼを貰ったんだけどね」 「はい」 「それが、傷んでるって怒るのよ」 「傷んでたんですか?」 「違うのよ、私が出さなかったからって!冷蔵庫に入ってるんだから、自分で食べればいいじゃない」 「えっ」 「面倒くさいでしょう……。子どもにやきもち妬いてるのよ。もう、こっちは手一杯で、ゆっくりごはんも食べる暇もないんだから、自分のことくらい自分でやって欲しいわよ」 「たしかに……」 「でしょう」 私の反応に納得した百間さんは、次から次へと勢いよく、今度は旦那さんの愚痴を零していく。こうなると、誰も止められない。一人で勝手に喋ってくれるので、ラクは楽なんだけど……慌てていたとはいえ、話題を間違えたと反省しつつ、今の状況をどう処理しようかと悩む。 「真野!」 背後から自分の名前を呼ばれて、振り向けば、ドアの前に噂の佐伯課長が立っていた。 課長は、ゆっくりと近づいてきて、「ちょっと戻れる?朝頼んだ資料のことなんだけど…」と、話しかけてくる。 そんな課長を見て、頬を染めながら会釈をする美桜ちゃん。課長も会釈を返すもんだから、ますます顔が赤くなる。 そんなかわいい反応なんてもちろん出来るはずもなく、まだ昼休み中なんだけど…と心の中で愚痴りながら、「はい」とそんな気持ちは表には出さずに返事をした。
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