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「実は、養子縁組の話が来ているの。」先生は少し躊躇いながら言った。
「今のタイミングでですか?」私は素直に驚いた。中学生になってからのオファーがくるケースは聞いた事はなかった。少なくとも私の周りでは。
「向こうは前からあなたを知っているみたいなの。色々事情があって申請が遅くなったみたい。珍しいケースだからしばらく向こう側の審査に時間がかかるけど、一度面談を持とうと思っているの。」
私を個人的に知っている人なんているのだろうか?疑問に思ったけれど、面談はいつでもよいと伝えた。
園長先生は心なしかホッとしたようだった。私が面談を断ると思っていたのだろう。ホッとするという事はある程度の権力者なのだろうか。
実際面談が行われたのは一カ月後だった。
面談室にいたのは学校帰りに会った派手な怪しいおじさん、ロクさんだった。彼の隣には奥さんらしき人がいて、彼女はサワコさんと名乗った。
「この子がロクちゃんが探していた子ね。確かに凄いわ。」サワコさんはそう言って可愛いらしい笑顔を見せた。
ロクさん一人だと変質者に見えるけど、サワコさんと一緒にいると不思議と良識ある紳士に見える。私は恐る恐るロクさんに質問した。
「どうして私を引き取りたいんですか?」
ロクさんは私の言葉が聞き取れなかったようでサワコさんを通訳のように介して答えた。
「君が僕を必要としているからだよ。」
怪しい。なんかの勧誘みたいだ。サワコさんはこの日のため雇れただけで、私にいたずらするのが目的なんじゃ。と即座に思った。
そう思ったのをサワコさんが察したらしい。
「ごめんなさい。ロクちゃんは言葉たらずで。彼はこれでも数年前まで大きな芸能プロダクションの社長だったの。今は引退しているんだけど、少人数制でまた始めようかと思っていて、よければあなたにきて欲しいと思っている。あなたはまだ未成年だから社員としてではなく、まずは娘として。」
ますます怪しいと思って同席している園長先生を見た。意外にも彼女はこのオファーに感謝しているように見えた。
サワコさんは私の表情を見ながら続けた。
「住むところは東京になるのでここから少し離れてしまうけど、もし嫌だったらいつでも戻れるから。ゆっくり考えて。」
え、東京?テレビで見た事しかない。一生自分に縁のない場所だと思っていた。
本や映画の世界に没頭していた私には東京という場所はある意味最高の誘惑だった。
モジモジしている私にロクさんが急に話しかけてきた。
「この世で一番大切なのは出会いだよ。君は僕たちに出会ったんだ。ここから全てが始まるんだよ。」
審査は思ったより時間がかからず、私は翌月にはロクさんとサワコさんが住む東京に移住していた。
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