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杏子が突き落とされたビルは、大通りからやや外れたところにある。
どれだけ映像が集められるのかが課題なのかもしれない。
「ここ最近、あなたを追いかけていた男のことについて教えてください。わかる範囲で、ゆっくり答えてくだされば大丈夫です」
片瀬が優しい声音で言った。
ストーカー対策室の勤務だけあり、女性に寄り添って話を聞くのが得意なようだ。
杏子は病院で八雲に話したことと同じ内容を片瀬に伝える。
相づちを入れながら、真剣に聞いてくれる片瀬に杏子は安心して話すことができた。
「その相手の名前や顔はわかりますか?」
そう聞かれて杏子がスマートフォンを取りだす。
先程、八雲に見せてくれたライブでの写真を片瀬と早坂の二人に見せた。
紙袋をかぶった少女の姿に二人は少しだけ眉を潜めたが、杏子は気にすることなくその後ろに写った男を指差す。
「これが、その人です」
画面をタップして男が写ってる所を拡大するが、画質が荒くなり顔の判別は難しい。
警察官二人もそう思ったのか黙ったままだ。
「他の写真はないんですか?」
念のため八雲が訊ねたが、杏子は首を横に振って否定した。
重たい沈黙が流れる。その時、個室の戸が叩かれた。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、八雲の同居人兼助手の藤峰花怜だった。
透から連絡をもらい、八雲たちと合流する予定だった彼女は躊躇いなく個室へと入ってくる。
緊張した空気を気にすることなく、花怜は空いていた片瀬のとなりに座った。
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