141人が本棚に入れています
本棚に追加
インディーズバンド『sweet holic』の、紙袋をかぶった少女・ざらめ。
その彼女が八雲の目の前にいる天宮杏子なのだと理解するのに少しばかり時間がかかった。
雰囲気が全く違うので仕方ないと言えば仕方がないのだが。
「その、ファンの方がストーカー紛いのことをしていると?」
八雲の問いに、杏子が躊躇いがちに頷いた。
行きすぎたファンの行動にどうして良いのかわからなかったのだろう。
杏子は唇をつぐみ、何かを耐えている様に見えた。
「……ゴールデンウィーク中にミニライブをやったんです。待ち伏せされていたみたいで、ライブの後に追いかけられました」
少しずつ、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「その時は、やめてくださいと言ったら離れていったので安心しました。けど、何日か前からまた……」
ここ数日の間の出来事なのだろうが、ストーカーの被害者である杏子は憔悴しきっていた。
相談できる人が居なかったのも彼女を苦しめる要因のひとつだったに違いない。
「辛かったですね……」
八雲は杏子の手を取り包み込んだ。触れた指先、てから温かさと優しさが流れ込む。
たったそれだけの事でも、必死に塞き止めていた涙が溢れだした。
泣き出してしまった杏子に、八雲は少し困惑しながらもそっとハンカチを差し出す。
ハンカチで目元を拭く杏子の背中を、八雲が優しく撫でる。
それは杏子が落ち着くまで続いた。
最初のコメントを投稿しよう!