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6.コウとカナ
自転車を押しながら駐輪場を抜けた羽澄は、段々と歩を緩めていき、正門を前にして立ち止まった。
「コウ!」
背後から覚えのある声がして、ゆっくり振り返る。思った通り、本田奏だった。
「何してんの? あれ、今日自転車?」
羽澄はゆっくりと頷いた。
「今日は、早かったから。兄貴が使う前に乗ってきた」
「兄貴さん、自転車まだ買ってないん?」
本田の言に、羽澄は首肯する。
「毎日、俺の乗ってく」
兄は、自分の自転車が盗まれたから新しいものを買うまでの間、と言って羽澄の自転車を勝手に使っている。しかし、それから随分経つが、兄が自転車を買う気配はない。
本田は羽澄の気持ちを代弁するかのように、苦笑した。
「――それで? 何してんの?」
あ、と羽澄は我に返る。何をしている? 寸の間、考えを巡らす。
「チャリが、止めた場所になくて……、探したら、変な場所に突っ込まれてて」
「あー、変なとこ止めたんでしょ。おじさんに動かされたんだ」
おじさん、とは学校の用務員で、少しでも許可されていない場所に止めてある生徒の自転車を、多少乱暴にでも駐輪場に戻すことで知られている。
羽澄は、先ほどの出来事を遠くのスクリーンに映し出すかのように、視線を投げた。
「『女神』がいた」
本田が首を傾ける。
「『女神』って、あの?」
羽澄は無言で頷く。
本田は、一度、周囲を見回し、まだ辺りに生徒が多いことを確認して、
「とりあえず、行こうよ」
羽澄の肩を軽く叩いた。
ん、と羽澄は自転車を押し出す。本田が徒歩なので、自転車には乗らず、そのまま歩いて門を出た。
薄暗く見える空気が、少し湿ってもったりしている。歩くと汗をかきそうだな、と思っていると、
「それで?」
本田が切り出した。
羽澄は訥々と、駐輪場で自転車を出したところまで話す。
「へぇー。じゃあ、『女神』に話かけたんだ」
感心するように本田は腕を組む。
「いや……、昨日、話かけられた」
「は? 『女神』に? なんて?」
「……『こんにちは』」
本田は大げさに肩をガクッと落とした。
「なにそれ。ちなみに、いつどこで?」
「帰りの、下駄箱んとこ」
「……それって、クラスの、しかも隣の席の人に会ったから、なにか声かけなきゃみたいな『女神』の優しさじゃない?」
「うん。だから……、さっき、『俺には、話かけないでください』って、言った」
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