10.はじめまして

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10.はじめまして

 羽澄はかなり、決まりが悪そうだった。 「あー、えっと……」  紗奈はとりあえず、はい、と返事をした。  すると羽澄は体をずらして、本田をぐいと前に押し出した。 「この男が、その、大丈夫なのか聞けって、うるさくてですね……。あの、めが、じゃなくて、そ、そちらが」  紗奈がきょとんとしていると、横から吹き出す声が聞こえた。 「コウ? なに、その喋り方」  本田は、あははと明るく笑うと、 「どうも。C組の本田です」  紗奈に向かって頭を下げた。  おずおずと会釈を返すと、本田は人好きのする笑みを浮かべた。 「だって、帰る途中に公園で下向いて座ってたら心配じゃない。なのに『大丈夫だった?』って言ったら『分からん』だって」  言うと、ほら、と羽澄を促す。  なぜ自分が聞くのか、と言いたげに渋い顔をしていた羽澄だが、一瞬だけ紗奈の方を見てから、 「だ、大丈夫、ですか?」  視線を外して言った。  間髪を入れずに本田が言を継ぐ。 「気分悪いとか? 何かできることある?」 「あ、あの、ううん、ううん」  紗奈は慌てて首を振った。 (羽澄君に言われたから泣いてた、なんて、言えないって……!)  視界の端に紗奈を捉えているような角度でいる羽澄と、今にも前に出て顔を覗き込みそうな本田を、交互に見ながら、 「あの、本当に。大丈夫だから。大丈夫。なんでもない、です」  両の手のひらを向けて横に振り、懸命に笑顔を作って見せた。 「そう? なら良かったけど」  微笑む本田の横で、羽澄の表情にほんの少し安堵が滲む。優しく、僅かに口角が上がったその一瞬を見つけて、紗奈はハッと息を呑んだ。 (なんか今……、レアなの見たかも)  甘くてとろけそうな気持ちが内側からこみ上げてきて、思わず頬が緩みそうになる。 「コウ、ちゃんと謝った?」 「え?」 「謝ってないの? 『話しかけないで』なんて言って、傷つけちゃったんだよ?」 「いや、まあ、それは……」  羽澄が気まずそうに本田から顔を背けた。  紗奈は、あ、と思って声を上げる。 「あの、いいの。全然。大丈夫だから」  しかし本田は、呆れたように息を吐いた。 「女の子に気を遣わせたらダメだってば、コウ」  窘めるような口調に、羽澄は苦虫を噛んだような顔になる。 「ちゃんと撤回したぞ?」 「発言を撤回することと、言ってしまって傷付けたことを謝るのは別」  二人の様子に、本当に大丈夫、と紗奈は繰り返す。  だが本田は納得がいっていないようで、上目遣いに羽澄をじっと見ている。  その視線を受けていた羽澄は、ちょっと肩を竦め、紗奈の正面に足を揃えて立った。 「……すみませんでした」  深く頭を下げられて、紗奈は目を丸くした。申し訳なさすぎて、 「こ、こちらこそすみません」  小さく言ってぺこぺことお辞儀をする。  瞬間、バッと羽澄は顔を上げて、 「これでいいか?」  本田を睨みつける。  本田はくすくす笑いながら頷いていた。 「ごめんね、若宮さん。この人、やることが極端で」  全然大丈夫、と表現したくて、紗奈は両手を横に振る。  すると羽澄の呆れたような溜息が聞こえた。 「逆にカナは細かいこと気にしすぎだと思うがな」 「んー、女系家族で育つとこうなっちゃうのかなぁ」 「性格の悪さだろ」 「んふふ、言うねぇ」  本田はにやりとしている。
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