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二人のやり取りに気圧されながらも、和やかな空気に紗奈は安堵した。同時に、ずっと見ていたいような心地よさを感じていた。
すると、あ、と思い立ったように、本田が紗奈の方に向き直った。
「そうそう、コウってねぇ、若宮さんのぉ……」
「あ、カナ! お前!」
慌てた羽澄が本田の首に腕を回し、鞄を引っ張って下がらせようとしたが、本田は笑いながら口を開いた。
「若宮さんの、名前、覚えてないんだよ、本当は」
紗奈は目をぱちくりとさせた。咄嗟に言葉が出てこない。
結局、本田は首を絞められている。
「変なこと言うなよ! カナ!」
「あははー。なに言うと思った?」
じゃれ合う二人の様子を眺めながら、紗奈は混乱する頭の中を整理していた。
(め、目まぐるしい……。楽しいけど。えっと、名前? 覚えてないって……そっか、男の子だしね。覚えてないよね)
自分の弟がクラスの人間の名前を全然覚えないので、男子ってそんな感じなのかな、と自然に納得する。
黙ってしまった紗奈に気付いた二人は、顔を見合わせた。
「あ、ごめん……。ふざけすぎちゃった?」
「え、あ、その……」
申し訳なさそうに二人が向き直った時、リュックを抱えた紗奈が勢いよく立ち上がった。
(ちゃんと、最初から)
言葉を発する一瞬前、羽澄の黒い瞳を正面から捉えて――、すぐに目線だけ下に向けた。
「若宮、紗奈です。宜しくお願いします!」
リュックをぎゅっと抱きしめるようにして、頭を下げた。
予想だにしなかった行動に、二人の男子は目を瞬かせる。
先に気が付いたのは本田で、羽澄の腕をつついてから『どうぞ』と言うように手を前に示した。
羽澄は僅かに身を引いたが、咳払いをしてから、
「は、羽澄恒成です……」
出した声がいつもより掠れていて、本田がくすっと笑う。
「お見合いみたいだね」
紗奈は顔を上げて、はにかんだ笑みを浮かべた。
「自己紹介、しなきゃって」
本田が笑いながら、うんうん、と頷いて、なぜか口を強く引き結んでいる羽澄を見上げた。
「覚えた?」
笑いすぎだ、と言いたげに見返した後で、
「覚えてるよ」
羽澄は小さく呟いた。
その言葉は紗奈までは届かず、何だろうと首を傾げる。
不意に、羽澄が視線を投げたかと思うと、
「……じゃあ」
言って再び踵を返した。
紗奈は一瞬動けなかったが、
「あ、うん。じゃあ……」
返事をすることはできた。
さっさと歩いて行ってしまう羽澄に肩を竦めながら、本田が、一人で帰れるか、道は分かるか、と早口に心配してくれた。どうやら、紗奈の家のある地区はここから距離があることを知っているようだった。
頷いたり、大丈夫と返答している内に、羽澄は自身の自転車を押して道の向こうに消えた。本田も、駆け足で追いかけていった。
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