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11.曇り空モノローグ
ちょっとの間、紗奈は立ったまま真っ白な空を眺めていた。
(晴れないでよかった……)
太陽の明るさには、時折竦んでしまう。日が差していたら、こんな時間は過ごせなかっただろう。
リュックを抱きしめたまま、もう一度ベンチに腰を下ろす。
(なんか、いろんなことあった……)
記憶を巻き戻して再生する。
話してください、と言ってくれた羽澄の声を思い返して、ほんのり顔が綻ぶ。その後聞かせてもらった曲の記憶が霞んでしまいそうだ。
(や、ちゃんと覚えてるけどね!)
それから、本田が来てからは本当に怒濤だった。
(傷つけたとか謝るとか、本当に気にしてなかったな……。私が勝手に辛かっただけだし)
名前を覚えていないことも、全く気になっていなかった。もし今度、また名前を聞かれても普通に答えるだろう。
(何度でも自己紹介すればいいんだよね)
当然、とばかりに、こくこくと頷く。
再生された記憶でも羽澄が帰って行って、ふうぅと大きく息を吐いた。
(私も、帰ろうかな……)
携帯を取り出して、地図アプリを起動する。大丈夫、と本田に言ったものの、現在地をよく分かっていなかった。
家までのルートを概ね確認して、一人頷いた。
ゆるゆると動き出して自転車まで行き、前かごにリュックを入れる。スタンドを倒して、乗って、ペダルを踏む。
空気が触れては後ろへ流れる。ほんのり熱を持っていた顔には、ひやりとして気持ちいい。それとは別に、何かが奥からこみ上げてきて、胸が、腕が、喉が、頬が、むずむずしてくすぐったい。
(あれで、大丈夫だった?)
正解は分からない。
不安。心配。
でも――記憶の中から羽澄の顔がまた再生される。
様々な、彼の表情が。
今日初めて見たものが。
低く、掠れのある声音が。
するとなんだか叫びたくなって、ごまかすために必要もなくがむしゃらにペダルを踏んだ。
(あんな風になりたいな)
自分のやりたい事を持っている、芯の通った様子。
(なんか、見つけてみたい――私も)
人から言われたことや、義務とされていることだけやっていれば良いと思っていた。
人に嫌な顔をされたくないから、合わせなくてはいけないと思っていた。
それらをやめるわけではないが。
自分の『好き』を探してみたかった。彼の姿は、そうしても良いのだと言っている気がした。
(そうしたら、また……もっと、話ができるかな)
今は、彼の考えをたくさん聞いてみたい。
そのためにも、
(明日、『おはよう』って言おう)
初めての思いは、胸の中にすんなり落ちて、心地よい温かさと力を、紗奈の中に満たしてくれるようだった。
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