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エピローグ.コウとカナ【おまけ】
本田は息を切らしながら、ようやく羽澄の後ろ姿を捉えた。
「コウ!」
声を張り上げて呼び止めようとするのだが、一向に歩を止める気配はない。唯一の救いは、彼がまだ自転車に乗らずに押して歩いていることだ。
歩いてるってことは、俺が追いつくのを待ってるはずだ――確信して、萎えそうな脚に最後の力を込めた。
「コウ!」
届いた。伸ばした手が、羽澄の背中を叩いた。
足を止めた羽澄は、少しの間、無言で前を向いたままだった。その隙に、本田は荒い呼吸を整える。
羽澄がゆっくりと本田を振り返る。眉をつり上げ、普段から悪い目つきが三倍も怖くなって睨みつけている。
「な、なんだよ……」
「今、ふざけたことを言うなら、俺はカナと縁を切る」
ああ、と本田は深く息を吐いた。さすがに、さっきのは荒療治だったもんな――同じようにからかうな、と言っているのだ。羽澄はそういう冷やかしに慣れていないし、すごく嫌がる。
「縁を切るって……親子みたいだね」
微笑すると、羽澄の腕を軽く叩いた。
「大丈夫。さっきのはちょっと作戦。……良かったね」
すると羽澄は口元を歪め、複雑そうに溜息を吐いた。
「どうだか……。破滅の道に踏み出しただけかもしれんし」
「またそんなこと言って」
苦笑してから、本田は少し考えた。
「最終的に破滅だったとしても、やっぱり良かったんだと思うよ、俺は。動いたってことがね」
「また妙なことを……」
理解できないと言いたげに、半眼になる羽澄に、本田は明るく笑って見せた。
ゆっくりと、並んで歩き出す。
「あー、俺も好きな子ほしいなぁ」
羽澄の顔が、一気に茹で上がった。
「す、『好きな……』とか言うな! 『女神』だ!」
「あ、それ! 若宮さんに向かって『女神』って言わないようにね」
羽澄は言葉を詰まらせた。
「大丈夫だろ……別にいつも通り、何か話すわけじゃないんだし」
「ダメだよ!」
本田が詰め寄る。
「せっかく俺が距離縮めたんだから。普通に話できるくらいにはなってよね」
「えー……」
「そうだなぁ。じゃあ、明日、教室で会ったら挨拶すること」
「はああ? やめろよ……」
羽澄はすっかり頭を抱えている。
「大丈夫だよ。そんなんで嫌われたりしないから」
笑顔の本田を、三白眼でねめつけて、
「な、なにを……」
言いにくそうに羽澄は頬をひきつらせた。
「なにを、言えばいいんだ……?」
「普通に、『おはよう若宮さん』でいいんじゃない?」
「えー……、うう……」
言っている自分を想像しているようで、しきりに唸っている。
「俺がいなくてもちゃんと言うんだよ? 十分休みに聞きに行くからね、若宮さんに」
「ばっ! おい、そこまでするか?」
「なんか面白いし。それに俺は別に若宮さんと普通に喋れるから」
羽澄は返答に窮して、にっこりと笑む本田を忌々しげに睨んだ。
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