1. リズムが鳴った

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 次いで、何かを力いっぱい打ち鳴らしているような音が耳を襲う。息を整えると、ドラムとシンバルの音が大音量で鳴っているのだと分かった。  隣の席を見ると、羽澄の耳についたイヤホンのコードの先が、端子をむき出しにしてぷらぷらと揺れている。  椅子から腰を浮かせて、床に手を伸ばした彼の、 「やっべ……」  小さな声が、音の隙間を縫って届いた刹那。  彼の真っ黒な瞳が、紗奈の目と同一線上に重なった。前髪の隙間から上目遣いに、一瞬だけこちらを射る。  紗奈が瞠目すると、既に羽澄の視線は違う方向に去っていた。 (今……、え?)  自然な素振りで目を前に戻しながらも、内心、大いに狼狽えていた。  教室の皆が羽澄に目を向けている。教師から注意の声が飛ぶ。  ドラムの音は、同じリズムを繰り返している。ロック調というのだろうか。流行りの歌にありそうなリズムでもあり、どこか違う感じもする。その中に、機械的な音色で短いメロディが聞こえた。 (ん……?)  なんとなく物悲しいのに、伸びやかな感じがする音の並び。  なぜか心に引っかかる。  音が止まった。  羽澄が止めたのだろうけれど、少しがっかりした。 (もう一回聞いてみたいな……)  羽澄の携帯は教師に没収され、放課後になったら取りに来るようにと告げられた。教室は、俄にざわついた。 (羽澄君、音楽聞いてたんだ)  何をしていたかの謎は解けたが、それにしては画面をタップする回数が多いような気がして、腑に落ちない。  教師が大きな声を出して、生徒の空気を授業に引き戻す。  紗奈は軽く息を吐いて、気持ちを切り替える方に自分を持っていく。再びノートに取り組みながら、ペンの色を変える時に、横目で隣を見る。  思わず吹き出しそうになった。羽澄はノートの表紙に突っ伏して寝ていた。  誰かに気付かれないように、数秒間だけ観察する。 (髪、長いなぁ。何かこだわりがあるのかな)  授業を聞かない態度は、決して褒められるものではないのだろうが、世界史の成績が壊滅的、などの噂も聞かない。 (世界史が嫌いとか、先生が嫌い、とか)  紗奈なりに理由を考えてみるが、どれも当てはまっていない気がする。  なんとなく思いついたのは、 (授業より大事、なのかな。あの音楽が)  一方の自分は、何も考えずに板書を写している。なんだかそれが格好悪いようにも思えた。 (なんか私、ロボットみたいかも)  小さく溜息をついて、もう一度右側に目を遣る。  堂々とさぼる様は、心配と呆れと、でも羨ましくもあり、思わず紗奈は微笑んでしまった。
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