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5. 自転車を止める
左に曲がらなければならない角を、紗奈は真っ直ぐ進んだ。このまま帰りたくない思いで、懸命に自転車をこぐ。知らない角を曲がり、適当に進んでまた曲がる。
頭の中は絡まった黒い糸の固まりが充満していて、はっきりとものを考えられない。目に水が溜まって息苦しい。
苦しい、苦しい――。
傍らに公園を見つけて、思わず入り口に自転車を止めた。進みたくない。一度、止まりたかった。
肩で息をしながら見回すと、いくつかベンチが空いていたので、リュックを掴んでその一つに座った。
長く、盛大な溜息を吐く。
絡まった糸の内、すぐに掴めそうなものは『恥ずかしい』だった。
(嫌だったんだ……)
それに気付かずに、一人で浮かれていた。自分が勇気さえ出せば、いずれ会話できるようになる、ひょっとしたら『友達』と言えるくらいまでなれるかも。
(くうぅ、なんてバカなことを……)
目をぎゅうっと瞑って思わず身をよじる。
『恥ずかしい』の糸から手繰り寄せられたのは、『申し訳ない』の糸だ。
羽澄の嫌がることをしてしまった。さっき、一言謝れば良かった。彼の気持ちに気が付けなくて、本当に悪いことをしてしまった。
彼の気持ちに――。
一度落ち着いた波が、また寄せてきて溢れる。
(羽澄君は、嫌だった。話すのも嫌だったんだ)
それほどまでに嫌われていたなんて。まだ会話も、接点も何もなかったのに。つまり自分は、存在しているだけで嫌われた――。心臓を掴まれたかのように痛い。お前なんかいてはならない、と。
体のどこかから涙が湧き出て、ぼろぼろとこぼれて落ちていく。
話してみたかった。彼のことを、もっとたくさん知りたかった。
声を出すことは我慢していたが、涙と鼻水は止められない。
途方に暮れる思いで、紗奈は気持ちの海に呑まれていた。
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