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「『女神』だって人間なんだから、欠点もあるでしょ。お互い様だよ」
「うーん、そうかもしれんけど……。俺は話したくないんだ」
「コウがどうしてもって言うならそれでいいけど。なんか、もったいないと思って」
本田がにっと笑んだ。
「会話することでお互いを知って、共感したり、違いに驚いたり、知らないことを知ったりするのが面白いんだよ。見ているだけじゃ、その面白さは味わえない」
羽澄は呆れを含んだ息を吐き、肩を竦めた。
「いつもこんなこと考えてんのかよ」
「変人だからね」
本田がわざとらしく眼鏡のつるに手を添え、それから笑った。
羽澄も笑顔を作ったが、頭では言われたことを考えていた。
カナの言う面白さも分かる。実際、カナの言葉にはいつも刺激を受ける。
でも――、と顔を隠したくて俯く。同じクラスで初めて彼女を見た時、背筋を伸ばして座っている姿が実に美しかった。それで、自分の中で『女神』と呼び始めた。
隣の席になった始めの頃は、やばいくらい緊張していた。世界史の時間、板書を写す横顔が真剣で、見た瞬間、メロディーが啓示のように降ってきた。
彼女を見ていると音楽が無限に湧き出るようだ。話す、なんてことはせずに、彼女が真摯に生きる姿を見ていたい。
それにやはり、軽蔑される怖さもある。自分はきっと、理解されないだろう――。
「あれ?」
本田の声に我に返ると、右側に公園がある辺りにさしかかっていた。
本田が、公園の中を示している。
「あれ、『女神』じゃない?」
「は?」
目をこらすと、ベンチに座っている制服姿の女子が見えた。長い髪を二つに分けて結っていて、確かに彼女に似ている。
そのベンチに近づくように歩き進むと、
「なんか、あれ、大丈夫かな?」
本田が心配そうな声で言った。
羽澄は思わず本田の顔を見返した。
あれ、と指す先をもう一度見ると、顔を伏せて肩が上下している。時々、顔を拭う仕草も見える。
不意に、その女子が一瞬だけ顔を上げた。
しかしまた俯いて、目を隠すように手を当ててしまう。
どん、と背中を衝かれた気がした。よろめくように足を前に出す。
「チャリ、頼む」
言いながら手を離した。
本田の返答は聞こえなかった。
体中に、脳から信号が出る。
走れ。
どうしてかは分からない。
そんなこと考えなくていい。
一瞬の間に、体は公園に向かって駆けだしていた。
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