ある狗の話

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砂漠に続く南の土地は、俺の知っている景色と少しばかり違う気がする。 例えば、稜線。 例えば、土の色。 植生が違えば、空気の色も違って見える。 俺に馴染みのあるキリリとしたものではなく、なんとなく柔らかな景色。 それでも人の営みはあって、少しずつ違いはあっても大きくは違わない。 南部戦線本部と呼ばれる砦とは別に、鬱金が構えた宿舎は、やっぱり軍の施設としてはこじんまりとして一般の住居に近いもの。 遊撃隊としてそこに居を移し、南部戦線本部と連携をとりながら、散発するもめ事にあたる。 俺はやっぱり合間合間に情報を集め、古地図を読み解き、自分のやり方で動きを決める。 ここには長くいることになるかもしれない。 鬱金がそう告げたのは、半年たったころ。 ってことは、戦局は芳しくないってことだろう。 少しばかり、手を変えていかないといけないのかもしれない。 「あなたは何を望んでいるんですか?」 灰音さんが業を煮やしたように、隊長に詰め寄ったのはそんな時期。 「さあ……て。俺の、望みかあ……」 隊長は、困ったように眉を下げて笑った。 隠しきれていない、焦り。 芳しくない戦局だけではなく、俺の耳には入ってくるのだ。 甲騎の容態や、紅蓮の縁談。 隊長を焦らせるいろんな話。 南部戦線は、一筋縄ではいかない。 一番の理由は、敵対組織が一枚岩ではないことだろう。 遊牧民に流れてきた反対勢力。 いくつかの勢力が、散発で事を起こす。 そのくせに大掛かりに掃討作戦を立てると、手を組んでくるのだから面倒くさい。 「いっそ本格的に遊撃しませんか」 「暗殺組織になれと?」 「今更でしょ? 名を挙げることに興味はない。ここに長居することの方が、面倒です」 会議室での話し合いを、窓際で聞く。 手詰まり感は皆感じているんだ。 「ねえ、隊長」 「どうした、東風」 「『好きにしろ』って、言ってくださいよ」 「ダメだ」 「何故?」 「言ったらお前何をする気だ?」 「まだ決めてませんけど……でも、多分、今の状況に風穴は開けられると思うんですよね」 本当にどうしようもない人だ。 全部をひっかぶってどうしようっていうんだろう。 「あんたが嫌がるようなのとは、しませんよ。だから、俺たちの手綱、ちょっと伸ばしてくださいよ」 「何言ってる?」 「俺たちはあんたの狗だ。手足だ。だから、もう少し信用して、うまく使ってくれたらいいんですよ」
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