ある狗の話

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  「考える。……少し、時間をくれ」 隊長は膠着した会議を、ため息のような一言で終わらせた。 あれから、隊はそれぞれが勝手に動いている。 軍に籍があるものは、本部に詰め、宿舎で調べものをするものもあり。 リンは実家となにやらやり取りをしているようで。 俺は、ふらふらと街を歩く。 街の空気が俺に教えるたくさんの情報を拾いに、毎日、時間の許す限り。 「東風」 名を呼びかけられても、最初は気がつかなかった。 だって、隊所属の人の声じゃなかったから。 「東風ってば、おい!」 「え?」 名を呼ばれて肩をひかれる。 振り向きざまにその手を払った。 そこにいたのは、苦笑いを浮かべた男。 払った手を撫でて「相変わらずだな」という姿に、多分知り合いなんだろうと思った。 記憶を探る。 俺とほぼ変わらない身長、俺より少しだけついた筋肉。 金をかけた服装に、整えられた濃い茶色のくせ毛。 「……信太?」 記憶に引っかかった名前を口にしたら、ニコリと微笑みが返ったので、間違っていなかったのだろう。 このまま解放されそうにない雰囲気だったので、大急ぎで思い出そうとしてみる。 「ああ。懐かしいな東風、いつ以来だ?」 「ええ、と……いつだろう……?」 あいまいに笑って、そう返す。 俺の記憶はちょっとおかしくて。 「人」だけが零れ落ちていくのだ。 「土地」や「街」や「物事」はイヤになるほど覚えているというのに、「人」だけは記憶のどこかに隠れてしまう。 幼いころに失くしてしまった大事な人たちは、刻まれるように失くす瞬間を覚えているのに。 なのに通り過ぎてきた街の、親切だった「人」たちは、うろ覚えになっていく。 あとに残っているは誰かに告げられた「言葉」だけ。 目の前の男も名前は思い出せたものの、どこで会ったどんな人物だったかが、わからない。 「っていうか、なぜ信太がここに?」 俺は南に来るのは初めてだから、多分こいつも北の方で出会っているはず。 そう思って聞いたら、やっぱりなという答えがあった。 「それはこっちの台詞だ。お前、暑いのは苦手だろう? なんだってこんな砂漠近くまで流れてきた?」 「いや俺は……例によって、成り行き?」 「お前らしい」 ああ、そうだ。 くつくつと喉を鳴らすような笑い方で、思い出す。 信太は、昔馴染み……と言うには、いささか語弊があるけど、昔の知り合い。 まだ王都にいたころ、何故か俺につきまとっていた男。 そういえば、反王体制派に近いところに、こいつの生家の名前があった気がする。 「そういうお前は? ずいぶんと王都から遠いところにいるじゃないか」 「ああ、美味しい仕事があってな」 「へえ」 そりゃあ、また。 今の俺にとってはとても興味深いお話じゃないか。
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