ある狗の話

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俺は、東風という。 家名はない。 北の外れの貧しい村で生まれて、国中をふらふらと流れ、半年前にこの王宮にやってきた。 市井に紛れて平凡に生きるというのが目標なのだけれど、これがなかなか。 もって生まれた運なのか。 中肉中背で平凡な顔立ちなのだけど、銀にも見える淡い金髪と、薄い青色の目がなかなかに目立つ。 別に騒動を起こしたいわけじゃないのだ。 けど、おきる。 騒動がおこりそうだと思ったら、それがどんな騒動であれ、速やかに次の場所に移ることにしている。 なので、あまり一所にはいない。 そんな風に流れたまま、生きていてもよかったのだ。 けれど、ふと、師匠の遺言を思い出してしまった。 『お前は、どこかに仕官した方がいい……じゃないと、せっかく私が教えたことが、全部無駄になりそうだ』 病の床で笑いながらそう言われてから、ずいぶんと経ってしまった。 思い出して気持ちが沈んでいた時に、王宮で特別な部隊を作ると募集がかかったので、ついうっかり、応募してしまった。 ついうっかり、というのは、いかんね。 その部隊の長、仮の主は、鬱金という。 金髪金眼の、ここらでは珍しい色彩。 けれど間違いなく、王族のひとり。 髪もキラキラしていれば、瞳もキラキラ。 与えられた王族を示す宝石も、黄玉でキラキラしているこの人は、俺にいわせれば酔狂な阿呆だ。 傍流もいいところだというのに、王族に名を連ね、汚れ仕事を一手に引き受ける。 特別な部隊というのだって、ちょっと多めにそういう手合いを抱えておこうかなという、鬱金の思いつき。 手を汚すのは一部の人間でいいのだそうだ。 甘っちょろいにもほどがある。 俺は知っている。 鬱金は飼われている。 王宮にではなく、紅蓮という王太子に。 黒髪黒目の、美丈夫。 それから、もうひとつの鬱金の枷は、甲騎という弟君。 紅蓮は戦いに長けた王太子で、近衛ではなく自分の大隊を持ち、外敵に備えている。 甲騎は以前にあった戦いで、傷を受け、今は王宮内で静養している。 ふたりを想って、鬱金は自分の部隊を持った。 軍事訓練を受けたわけではない、けれど、鬱金の目にかなった一芸をもつ、変わりものが集まる部隊。 鬱金のためだけに、その手を汚す、遊撃隊。
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