ある狗の話

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作戦決行までの間は、それぞれが準備期間に入る。 俺は情報待ち。 できれば先行して街に入りたいところだけど、勝手に動くなと鬱金に釘を刺されている。 手持無沙汰を慰めるのは、命の水でしょう。 医務室からこっそりといただいてきた消毒液に、果汁と炭酸を混ぜた代用品、だけどね。 水筒を片手に屋根に上がる。 遊撃隊は過ごしやすいけれど、時々息が詰まる。 「……!」 「…」 階下からぼそぼそと話声がする。 多分、真下は鬱金の部屋。 デバ亀になりたくもないしなる気もないけど、この場合は仕方ないとこの場で息をひそめるのが正解でしょう。 ゴロンと屋根に寝っ転がり、ちびりちびりと水筒の中身を舐める。 ひそやかだけれど忙しない声が聞こえてきて、ああ、やっぱりなと俺はひとりごちる。 鬱金は飼われていると思っていたんだ。 あんなにやさしい性格の男が、汚れ仕事をする。 血を吐くような想いを押し隠して、人の命を奪う命令を下す。 それはすべて、自分が愛する人のため。 『手を汚すのは一部の人間だけでいい』 なんて甘ったれた言葉。 その一部の人間に選ばれた人間は、どうなる? そう思ったこともある。 けれど半年過ごせば、理解も進む。 本当によく人を見て選んでいるよ、あんたは。 俺は誰かに沿わなければ、どこまでも流れていく人間で、今はあんたを仮の主だと思ってしまっている。 あんたが泣かないように、俺に何ができるのか、考えてしまう。 俺はあんたの一番にはなれない。 あんたは俺を飼わない。 それが都合がいい。 「またこんなところで、そんなものを……」 気配を殺して同僚が屋根の上にやってくる。 「リン」 元はよその国から渡ってきたのだという彼の一族は、結束の固い商人の一族として、ごく一部の人間に知られている。 俺が知っていることを、リンも知っている。 お互いに、どんな風に生きてきたかを、なんとなくわかりあっている。 「部屋にいったら、いなかったのであたりをつけてきたのですよ……もう、出たのかと思っていました」 「そうしたかったんだけど、隊長に止められちゃってんの」 「そうですか」 「明日あたり、砦の平面図が手に入ったら、出るよ」 「東風」 「ん?」 呼ばれた声に顔を向けたら、存外真面目な顔で告げられた。 「どうぞご無事で」 「うん、ありがと」 「本気で言ってますよ? あなたは時々、無茶をする」 「ダイジョーブ。俺、悪運強いから」
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