ある狗の話

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紅蓮隊が真正面から砦に突っ込む。 鬱金率いる遊撃隊は、形だけ、側面からの援護にまわる。 全員じゃない。 鬱金の隊のなかでも、遊撃隊と呼ばれるのはほんの数人。 その中のひとりは、俺。 「灰音さん、でます」 「了解」 密やかに、隊を離れる。 進軍方向とは、逆向きに歩を進める。 以前はこの時点で文句タラタラだった相棒も、半年たてば慣れたもので、黙ってついてくる。 懐から隊服と同じ色の布を取り出して、髪を隠す。 俺の淡い金髪は、戦場では目立ちすぎる。 「どこから?」 「遺跡から潜って水路へ。砦の地下に出ます」 「なるほど」 遊撃隊には風が吹くと言われている。 神速で戦場を蹴散らす影があると。 その片方が灰音さん。 武器は投げもの全般。 俺の武器は鋼の鞭だけれど、それは付属というかおまけみたいなもので、一番はこの記憶力と方向感覚。 昔からそうしていた。 騒動が起きれば逃げられるように。 陣取り合戦に巻き込まれれば、少しでも有利に立てるように。 その都市その土地の、あらゆる地図や地形図を頭の中で組み立てる。 新しいものも古いものも。 何食わぬ顔で、住民の中に入り込み抜け道を探り出す。 俺を一番効率よく使うのは、鬱金。 梼喜の砦は、昔の水路を使えば、簡単に侵入できる場所にあった。 水路が描いてあるのは、古地図に分類されるような古いものだけで、街道とは違うところを通っているので、全く警戒されていなかった。 灰音さんが作戦会議の時に言った『指揮系統』への疑問は、リンが独自のやり方で調べ上げてきた。 今回の作戦に出ないはずの、反乱分子の頭をつぶしてしまえば、動きが鈍る。 烏合の衆なら、間違いなく紅蓮隊で制圧できるだろう。 鬱金の命は、頭の暗殺。 誰にも知られないように、先行して灰音さんと俺が攻め、鬱金隊が砦に入る手はず。 誰が手を下したかは、わからないようにするのだという。 鬱金隊が動くまでに終わらせているのが理想。 遠くで鬨の声が上がる。 「急ぎましょう」 灰音さんの声で、俺たちは走り出した。
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