ある狗の話

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「お前たちは鬱金を守りたいのか? 追い詰めたいのか?」 煩わしい仕事のひとつは、戦勝報告。 いやいや王宮に足を運ぶ鬱金は、何故かそういう時に俺を道連れにしたがる。 リンや灰音さんではなく。 副隊長には書類仕事を押し付けて、俺を連れて王宮に来るのが、いいのだという。 その日もひと悶着あった後、連れてこられた王宮の控室で、俺は紅蓮につかまった。 見るからに押し出しの強い、武人。 黒髪黒目の美丈夫を、正面からこの距離で見るのは、めったにない。 が、しかし。 なんで俺はこいつに詰められてるんだろう。 しかも距離が近い。 頼むから離れてくれと、口に出してしまいそうに、近い。 「おっしゃってる意味が分かりません」 じりじりと後ろに下がって、距離をとりながら俺は首を傾げる。 追い詰める? 俺たちが? 「お前たちは有能すぎる。このままでは、鬱金が前線に出されてしまうじゃないか」 「隊長が望むなら、それもありだと思いますけど」 「前線だぞ?! 私の隊と連携しているときとは、相手が違う!」 「危険なのも、命のやり取りをしてるのも、どっちも同じでしょ?」 「同じなわけがあるか?!」 追い詰められて、胸ぐらをつかまれる。 拳が喉元につきつけられて、息が止まりそうになった。 やめてくれ。 力任せに振り払おうとしたとき、紅蓮が引きはがされ、てい、と向こうに押しやられた。 「同じだ」 俺から距離をとり、紅蓮に用に対峙するのは、仮の主。 鬱金。 「鬱金」 「これに触るな。これは俺の狗だ」 「お前は……」 「王太子殿下に置かれましては、少々、気が高ぶっておられるご様子。王への報告も終わりました故、我らはこれにて失礼します」 「鬱金!」 かっと紅蓮が頬に血を上らせた。 鬱金が首を傾げたのだろう。 さらりと、背で金色が揺れる。 「紅蓮、あんたに頼みがある」 「なんだ」 「甲騎を、頼んだ」 「鬱金、お前は」 「王命だ、逆らうわけにもいくまい。俺たちは南へ行く。だから、あんたに頼む。あんたにしか、頼めない。甲騎をよろしくお願いします」 俺の主が、頭を下げた。 自分の弟を頼むと。 甘っちょろい優しい主。 王太子の立場を守るために。 弟の命を守るために。 あんたは自分をすり減らすんだな。 ならば、俺はその命令に従おう。 俺たちは南へ行く。 砂漠を接する、紛争地帯へ。
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