ある狗の話

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紅蓮の前を辞して向かったのは、甲騎の部屋。 鬱金が次にいつ足を運べるかわからないからと、ついでのように向かったのだ。 最近調子が良くないらしく、甲騎は寝台の上にいるままでの面会となった。 鬱金から溢れ出る生命力みたいなのを抜いて、もう少し聞き分け良くした感じ。 同じような金の髪、同じような金の瞳。 けれど、優しいというか線が細いというか、力が弱いというか。 それが甲騎を見た感想。 「兄がいつもお世話になっています」 「いや、世話してんの俺だから」 「そんなわけないでしょう。兄上のことだから、思い付きで突っ走って、隊の皆さんを振り回しているんでしょう?」 「いや、こいつら勝手に走ってくから、手綱さばくのが大変で」 ふわりと微笑んで挨拶をよこす甲騎と、それを遮る鬱金。 隊ではなかなか見せない表情。 名乗る隙も与えずに、しっしと手で追いやろうとする。 だったら俺を連れ来なけりゃいいのに。 照れてるのか何だか知らないけど、しょうがない人だなと思う。 「こっちも、好きで振り回されてるんで、大丈夫ですよ」 そう言ってへらりと笑って見せると、甲騎は目をみはった。 なんだ? 首を傾げる間もなく、鬱金が横から口をはさんでくる。 「お前なあ、仮にも俺は隊長だぞ?」 「仮じゃなく、ちゃんとそう思ってますよぅ」 「その割には、言うこと聞かねえよな」 「まあ、それが身上なんで」 「ああいえばこういう! ホントにわかってんのか、お前」 「わかってますって。この間も、大人しくしてたでしょ?」 「どこが? なあ、お前の大人しくっていうのは、どういうのが大人しくなわけ?」 「ええ? ちゃんと隊長の出陣まで待ったし、灰音さんと一緒に行動してましたよね、俺」 「その前に、こそこそしてたのは、ちゃんと知ってんだよ」 「あれは事前調査じゃないですかぁ!」 絡むように文句を言ってくる鬱金に言い返していたら、甲騎がくすくすと笑った。 そして、軽く咳きこんだ。 「甲騎?! 大丈夫か?」 あわてて近くに寄って、鬱金がその背を撫でる。 鬱金の手が身体を挟んだことで、甲騎の身幅の薄さがわかった。 きっと直に触ったら、驚くほどに骨っぽいのだろうと、察した。 「……っ大丈夫、です……それより兄上」 「ん?」 「この人の名を、聞いていませんでした」 「ああ……」 連れてきた割には関わらせたくないらしい。 鬱金が視線を彷徨わせるのに構わず、甲騎が言葉を続けた。 「当ててみせましょうか。『神速の東風』でしょう?」 甲騎の口からこぼれた二つ名に、耳を疑った。 「はあ? 何すかそれ?」 「東風の二つ名」 「二つ名? 俺に? いつの間に? ていうか、灰音さんじゃなくて?」 たぶん、すごく情けない顔をしていると思う。 なんだその恥ずかしい二つ名は。 「灰音にはないな」 「なんで俺だけ?」 「目隠し」 にやりと笑いながら、鬱金がそう言った。 目隠し。 なるほど。 「……大変不本意ですが、甘んじます」 「いーい心がけだ」
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