12人が本棚に入れています
本棚に追加
紅蓮の前を辞して向かったのは、甲騎の部屋。
鬱金が次にいつ足を運べるかわからないからと、ついでのように向かったのだ。
最近調子が良くないらしく、甲騎は寝台の上にいるままでの面会となった。
鬱金から溢れ出る生命力みたいなのを抜いて、もう少し聞き分け良くした感じ。
同じような金の髪、同じような金の瞳。
けれど、優しいというか線が細いというか、力が弱いというか。
それが甲騎を見た感想。
「兄がいつもお世話になっています」
「いや、世話してんの俺だから」
「そんなわけないでしょう。兄上のことだから、思い付きで突っ走って、隊の皆さんを振り回しているんでしょう?」
「いや、こいつら勝手に走ってくから、手綱さばくのが大変で」
ふわりと微笑んで挨拶をよこす甲騎と、それを遮る鬱金。
隊ではなかなか見せない表情。
名乗る隙も与えずに、しっしと手で追いやろうとする。
だったら俺を連れ来なけりゃいいのに。
照れてるのか何だか知らないけど、しょうがない人だなと思う。
「こっちも、好きで振り回されてるんで、大丈夫ですよ」
そう言ってへらりと笑って見せると、甲騎は目をみはった。
なんだ?
首を傾げる間もなく、鬱金が横から口をはさんでくる。
「お前なあ、仮にも俺は隊長だぞ?」
「仮じゃなく、ちゃんとそう思ってますよぅ」
「その割には、言うこと聞かねえよな」
「まあ、それが身上なんで」
「ああいえばこういう! ホントにわかってんのか、お前」
「わかってますって。この間も、大人しくしてたでしょ?」
「どこが? なあ、お前の大人しくっていうのは、どういうのが大人しくなわけ?」
「ええ? ちゃんと隊長の出陣まで待ったし、灰音さんと一緒に行動してましたよね、俺」
「その前に、こそこそしてたのは、ちゃんと知ってんだよ」
「あれは事前調査じゃないですかぁ!」
絡むように文句を言ってくる鬱金に言い返していたら、甲騎がくすくすと笑った。
そして、軽く咳きこんだ。
「甲騎?! 大丈夫か?」
あわてて近くに寄って、鬱金がその背を撫でる。
鬱金の手が身体を挟んだことで、甲騎の身幅の薄さがわかった。
きっと直に触ったら、驚くほどに骨っぽいのだろうと、察した。
「……っ大丈夫、です……それより兄上」
「ん?」
「この人の名を、聞いていませんでした」
「ああ……」
連れてきた割には関わらせたくないらしい。
鬱金が視線を彷徨わせるのに構わず、甲騎が言葉を続けた。
「当ててみせましょうか。『神速の東風』でしょう?」
甲騎の口からこぼれた二つ名に、耳を疑った。
「はあ? 何すかそれ?」
「東風の二つ名」
「二つ名? 俺に? いつの間に? ていうか、灰音さんじゃなくて?」
たぶん、すごく情けない顔をしていると思う。
なんだその恥ずかしい二つ名は。
「灰音にはないな」
「なんで俺だけ?」
「目隠し」
にやりと笑いながら、鬱金がそう言った。
目隠し。
なるほど。
「……大変不本意ですが、甘んじます」
「いーい心がけだ」
最初のコメントを投稿しよう!