前と同じ部屋

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前と同じ部屋

 そのホテルは無人のフロントで部屋を選んで、その部屋のカードキーを抜くという形式だった。  どれもこれも代わり映えのしない普通のラブホテルの部屋であったが、中央あたりのパネルが奏太の視線を捕らえて離さなかった。  ビジネスホテルのような派手な装飾のない落ち着いた部屋。前に白坂と肌を重ねたベッドが大きく映されている。  奏太はそれに吸い込まれるようにその部屋のカードキーを抜き取ると、人目を気にして足早にフロントを通り抜けた。  その客室は前と何ら変わらぬ姿で奏太を迎えた。彼は懐からスマートフォンを取り出すと指を滑らせた。 『前と同じ部屋』  出会い系アプリのメッセージ機能を使って、白坂に連絡する。返事はなかった。  奏太は前と同じようにベッドに座ってその静かな空間で目を閉じた。毎日のように白坂に触れていたが、常に誰かの気配を気にしながらの行為であった。こんな静かな場所で彼を味わえると思うと緊張と興奮に胸が高鳴る。  部屋の扉がノックされたのは、約束の時間を十分ほど過ぎた時だった。  奏太は少し浮かれた気分で扉を開いた。しかし、浮ついていたのはこの瞬間までだった。扉の前にいた白坂は底冷えするような鋭い瞳でこちらを射抜いたからだ。彼は乱暴に扉を押し開け、部屋に入ってくると奏太の胸ぐらを掴んで壁に押し付けてきた。その勢いに後頭部を激しく打ち付けてしまい、ぐらりと視界が歪んだ。怒りを含んだ低い声が耳元で響く。 「お前、どういうつもりだよ」 「どういうって……」 「スマホ出せよ。今すぐデータ消せ!」  白坂は真正面から怒鳴ると、潰されそうなほど強い力で壁に奏太を押しつけた。首元を押し付けられ、苦しさに息をつまらせる。しかし奏太を掴む手がガクガクと震えているのが見えて、余裕が生まれた。本当に追い詰められているのは白坂の方だ。 「無駄、だけど……。バックアップは他にあるし……」  息苦しさを堪え、口元に薄い笑みを浮かべてやると目の前の白坂の目が怒りで見開かれた。掴まれていた襟元を力任せに引っ張られ、床に叩きつけられた。  起き上がるよりも先に、白坂が馬乗りになって再び襟を掴まれた。そして拳が高く振り上げられるのが見えた。 :--殴られる!  そう思った奏太はとっさに両目をきつく閉じた。 「……っ」  しかしいつまで経っても頰に衝撃はなかった。瞼を薄く開くと苦渋の表情のまま固まっている。ここにきてもやはり、教師としての一線があるのだろうか。  やがて、白坂は振り上げていた拳を忌々しそうに床に叩きつけた。 「クソが!」  襟元を掴む手の力が緩められ、視線も床に落とされる。戦意喪失して短い呼吸を繰り返す白坂を、奏太は床に寝転がったまま眺めた。 「やるの、やんないの?」  冷たい言葉を投げかけると、ぴくりと小さく肩を震わせて、こちらに視線が移された。漆黒の、やる気のない瞳は、今は呆れたような色を見せていた。 「お前、よく飽きねぇよな」  どこか投げやりのような白坂の声が響いた。その声にうんざりとした彼の心情が色濃く反映されていて、浮ついていた奏太との違いに絶句した。白坂はさらに言葉を続ける。 「虚しくないのかよ。こんな気持ちのないセックスばっかりしてよ」  :--お前のセックスはつまらない。  そう言われてるようで、奏太は落ち着かない気持ちになった。彼からクズだなんだとどれだけ馬鹿にされても、なんとも思わなかったのに、その口から気持ちよくないと言われてしまえば立ち直れないような気がした。  奏太は黙って白坂の次の言葉を待った。 「あの動画撮るのだってよっぽど手間暇かけただろうに。……そこまでして俺とヤりたかったわけ?」 「……ッ」  羞恥で顔に血が昇るのがわかった。  図星だったからだ。  わざわざ母親に連絡してまでカメラを購入して、何度もテストをしてあの日に備えた。それもこれも全て白坂を従わせるためだ。  奏太が顔を赤くしたのを見て、白坂は笑い出した。  一体なんの笑いかわからず、奏太は呆然と自分の腹の上に跨った男の笑う姿を眺めた。  やがて、笑いを引っ込めると白坂は身を乗り出し、真顔で奏太の顔に迫った。 「ああ、わかったよ」 「……え?」 「付き合ってやるよ。お前の不毛なセックスに。……とことんな」  白坂はそう言うとジャケットを脱いだ。薄い笑みを浮かべた奏太を見るその瞳には侮蔑の色が混じっていた。しかし直後に唇を舐める赤い舌に目を奪われ、侮蔑のことなど忘れてしまった。
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