化学準備室

1/3
46人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ

化学準備室

 翌週の月曜日。昼休みのチャイムが鳴ると同時に奏太は科学準備室に向かった。目的はもちろん白坂だ。片手にクリアファイルを携えた奏太の目は鋭く、黒い怒りに燃えていた。  ノックをして扉を開くと、コーヒーの匂いが漂った。化学室の隣にあるその部屋は、あまり広くなく、小さな黒板や何かの実験に使うであろう瓶の棚が壁に張り付くように並んでいた。その反対側に灰色の無機質な机が二つ並んでいた。その奥で、白坂が弁当を食べていたところである。彩り豊かな手作り弁当はおそらく彼の妻が作ったものだろう。そう考えただけで奏太は吐き気がした。  見た所、白坂以外に職員の姿はない。奏太が入っても、顔を上げようとしない白坂に控えめに声をかける。 「あの、白坂先生。ちょっと相談したいことがあって……」 「あとにしてくれ。今食べてるのが見えないか?」  こちらの顔も見ようともせず、一方的にそう言い放つ白坂。  相変わらず、舐めたやつだ。  苛立ちを抑えながら、白坂に近づく。彼の机に手を置いて、低く囁いた。 「そう言うなよ、アルゴン」 「……え」 「いくら出会い系でもさ、一度も顔を見ないでヤるっていうのはどうかと思うよ、俺は」  短い驚きの声とともに白坂はようやく顔を上げてこちらを見た。そして、その直後に息を飲むのがわかった。信じられないという顔で何度も瞬いたあと、ようやく掠れた声を出した。 「お前……まさか……」 「ソウタって呼べよ。昨日もそう言っただろ?」  白坂の顔がみるみる青くなる。  彼は目を白黒させながら、眉を寄せている。おそらく彼の脳内はさまざまな疑念と思案が渦巻いているだろう。この間、ホテルで白坂と出会った奏太がそうであったのと同じように。  一瞬がひどく長く感じた。  そうしてようやく口を開いた白坂から出た言葉は滑稽なものだった。 「き、昨日って? なんの話だ?」 (ふーん、しらばっくれるつもりか)  もう少し気の利いた返事を期待していた奏太は少し拍子抜けした。踵を返してその場を後にしようと背を向けた。 「まあ、覚えてないならいいや。別の先生に相談するから」 「待て」  ガタッと派手な音を立てて、白坂が立ち上がる。そして慌てた様子で取り繕った。 「な、なんの相談なんだ。今、聞くよ」  あまりに想定通りで、口元に浮かぶ笑いが止められない。奏太は破顔したまま嬉々として振り返った。 「先生……俺さ、あんたにレイプされたんだ」  時間が止まったのではないかというほどの静けさが二人を包んだ。白坂は目を点にして呆然とこちらを見ている。 「……は?」  白坂はかろうじて、声を絞り出した。真っ白の顔で引きつった笑いを浮かべている。  「な、何言ってんだよ、お前……」 「アプリ使って呼び出されて、ホテル行ったら犯された。……あんたに」 「馬鹿なこと言うなよ。そんなデタラメ……めちゃくちゃだろ……」 「デタラメじゃない。証拠もある」  奏太は持ってきていたクリアファイルから書類を取り出すと、机に放り投げた。そこには奏太と白坂のアプリでのやりとりと彼の半裸の写真があった。 「これ、先生だよな? 調べてもらったらすぐわかるんじゃないの?」  スマホの画面を見せれば済むものをわざわざプリントアウトしたのは、こちらの本気を見せるためだ。その甲斐あってか、白坂はようやく奏太との関係を認めた。 「レ、レイプって……。あれは合意だっただろう。それに突っ込んだのはお前の方じゃないか」 「じゃあ、そう言えば? 生徒だと気づかずにケツを掘ってもらいましたって堂々と言えばいいじゃないか」  白坂の顔がみるみる歪んでいく。膝の上に置かれた拳が震えるほど強く握られていた。彼は椅子ごと奏太に体を向けると深々と頭を下げた。 「頼む。大ごとにしないでくれ。金なら払う」 「金なんていらない」 「お、お前だって困るだろう。こんなことが公になったら進学に響くぞ。今後の学校生活にだって支障が……」 「支障が出たらどうなんの?」  白坂の言葉を遮って、奏太は凄んだ。顔を上げた白坂にキスができそうなほど近い距離に迫ったが、二人の間に甘い空気はない。至近距離で怯える瞳を覗き込みながら、奏太は続けた。 「苛められんの? 授業中にハンバーガー買わされに行ったり?」 「あれは……、お前、腹減ってたんだろ?」  白坂は芝居めいた引きつった笑みを向けてくる。  教師があの状況でいじめに気づかないはずがない。なのに、それをかたくなに認めようとしないこの男に心底腹が立った。奏太は怒りに任せて地団駄を踏んだ。 「お前って呼ぶなって言ってるだろ!」 「頼む……。奏太……、家族がいるんだ。この通りだ。頼む」  白坂は椅子から崩れ落ちるようにして、床に膝をついた。額を床に擦り付けるようにに背中を丸める様子は彼のプライドが潰れる姿そのものだった。 「お前の土下座なんて興味ねぇよ」  奏太は荒っぽい言葉遣いとともに、その髪を掴んで顔を上げさせた。そしてその顔を自分の股間に押し付ける。 「……お……、俺に何させたいんだ」 「わかるだろ?」  白坂はじっと奏太の目を見つめた。許しを乞うような目だった。しかし、それも無駄だと悟ると、彼は目の前のベルトを外し始めた。ジッパーを下ろす手がガタガタと震えている。  乾いた手で奏太の陰茎を取り出すと、白坂はそれを口に含んだ。 「……ふっ……ん……」  彼は舌で柔らかく先端を受け入れると、丁寧に裏筋を舐めていく。  相変わらず、彼の口淫は上手い。  巧みな舌遣いに奏太は熱い息を吐いた。耐えるように眉を寄せて懸命に頭を動かす彼を見ると、自然と口元が緩む。 「……なあ、シラマ、美味しい?」  返事はない。彼はただ懸命に口淫を続けている。  ただそれだけで激しい憎悪が奏太の腹の底に渦巻いた。白坂が自分を軽んじているように感じたのだ。 「美味しいかって聞いてんだよ!」  廊下まで響くような大声に白坂の体がびくりと跳ねた。そして大きな目を動かして、周りを見渡している。誰か入ってこないか警戒しているようだった。 「……お、美味しいよ……、美味しい……」  か細い声で奏太を肯定する白坂。機嫌をとるように引きつった笑いまで浮かべている。そしてまたすぐに奏太のものに舌を這わせた。  爽快だった。  この服従こそが奏太が求めていたものだ。 (お前を使えるだけ使って、捨ててやるんだ……! お前が俺にそうしたように)  奏太は込み上げてくる笑いを肩を震わせてなんとか堪えた。それでも顔がにやついてしまうのまでは、どうにもならない。  「ふぅん、じゃあ、全部飲んでね」  目を細めて言うと、その口内で腰を打ち付けた。喉奥を突かれた白坂は苦しそうに呻いたがなんとか耐えている。それでも芯を持ち始めた陰茎に歯を立てることはなかった。  目尻に涙を浮かべながら、必死にしゃぶりつく姿は健気にさえ見える。  なんとか射精を堪え、昼休み時間いっぱい使って楽しもうと考えていたが、早く終わらせたいであろう白坂が吸い付くように射精を促してくる。  そんな攻防をして勝つのは当然白坂で、奏太は彼の口内で欲望を吐き出した。 「……くっ……」 「……んん……ッ、ぐぅ……っ」  白坂のくぐもった声と喉を鳴らす音が響いた。飲みきれなかった白濁が顎を伝って彼のスラックスに染みを作った。彼は丁寧に竿に残った精液まで吸い出して飲み込んだ。そうしてようやく口を離した。その場で座り込みたくなるような体のだるさを覚えて、奏太は満足そうに息を吐く。そして俯いて息を整える白坂の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。 「全部飲めって言ったのに」  抵抗も反論もなく、白坂はただ虚ろな目を向けただけだ。奏太はその輪郭に伝った白い液体を指で拭うと、彼の唇に運んだ。彼は何のためらいもなくそれに舌を這わし、吸い付いた。まるで毛づくろいをする猫のように差し出した手を舐め続けた。従順な態度に奏太は満足して手を離す。 「まあ、いいや。許してあげるよ。……またね、シラマ」  そう言って、奏太は科学準備室を後にした。彼が扉を開くまで、背後では物音一つしなかった。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!