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このまま日本でのんびり暮らすという安定した道ではなく、ハリソン夫妻や親友のジェニファーやマーガレットと一緒に力を合わせながら、困難を乗り越え苦楽を共有したい――という香澄にとって偽りのない率直な気持ちを両親へ伝える。
一方で香澄から突然渡米の話を聞いた両親は、その驚きを隠せずにいた。最初は心に傷を負った娘の渡米を反対しようと、彼らも言葉を用意していたのかもしれない。しかし香澄なりの方法で生きる意志を取り戻したを知った両親は、親として娘の意見を尊重したいという気持ちも芽生えているのかもしれない。
そんな期待と不安の心理に板挟みになりながらも、彼らは腕を組みつつ香澄の希望を受け入れるか否かの選択に葛藤する。
――お父さんとお母さんの顔つき……さっきからずっと無表情ね。そうよね、今まで塞ぎこんでいた娘から突然〝シアトルへ戻りたい”って言われたら、誰だって困惑するに決まっているわ。
自分の気持ちを上手く伝えられなかったと懸念するものの、〝フローラたちの力になりたい”という香澄の言葉は本心によるもの。その気持ちを証明するかのように、香澄はじっと両親の顔を見つめている。
そんな香澄の気持ちを察したのか、当初は険しい顔をしていた両親の表情も、少しずつ穏やかな顔つきへと変わっていく。そして彼らは愛する娘へ、ある言葉を送った。
「……香澄、行ってらっしゃい」
不安で胸がつぶれそうだった香澄自身も、両親の言葉を聞くや否や自分の耳を疑ってしまう。ある意味自分勝手な発言でもあるため、〝渡米します"と言った瞬間に両親から説教されると思っていたほどだ。
だが不利だという香澄の予想に反して、彼らは彼女の意志を尊重するという道を選んでくれた。無論親としては苦渋の決断ではあるものの、これが香澄にとって最善の道でもある――そう決心したのかもしれない。
さらに最愛の両親からエールを受け取ったことで安堵したのか、香澄の瞳には涙をうっすらと浮かべている。
最終的に両親から渡米の承諾が得られたことで、自身が抱える大きな課題を1つクリアすることが出来た。しかしその一方で香澄は、心のどこかでシアトルへ戻ることへどこか戸惑いを見せている。
――1年近くもブランクのある私に、本当に臨時顧問なんて務まるのかしら? あの時はあまり深く考えずに〝引き受けます”って言ってしまったけれど……大丈夫かしら?
そんな不安を胸に秘めながらも香澄は部屋のベッドに横たわり、日本人形のような手触りの良い白い頬を何度も撫でていた。
一方でそんな香澄の心情を知りつつも、ハリソン夫妻はあえて今回の一件を依頼した可能性も否定できない。この先香澄が直面する問題とは、本当にただの心理学サークルの臨時顧問を務めることなのだろうか?
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