俺は神絵師になりたい

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俺は神絵師になりたい

「えっ腕が痛い?」  脳パクオンリー後の打上げで、曖昧シンドロームさん(通称アイシンさん)は、俺に打ち明けた。 「そーなんよ。なんか先週くらいから手首の辺りがズキズキと痛んできて……」 「それ、腱鞘炎スよ、絶対。腱鞘炎!」  アイシンさんはハイボールをグイと飲み、顔をしかめた。 「腱鞘炎って……俺別にテニスもテニヌもやってないけど……」 「テニスしてなくてもなるんスよ、腱鞘炎。捻る動作を日常的に繰り返すだけじゃなくても、一定の動作を繰り返したりするとなるんスよ!」 「でも俺、絵描いてるだけだしな……」 「えっアイシンさん腱鞘炎なんですかぁ??」  俺の横に座っていたもるるさんが、エイヒレをかじりながら会話に割り込んできた。 「いやぁ、さすがアイシンさんだなぁ! 私なんてこんなに毎日絵描いてるのに腱鞘炎なんてなったこと無いですよぉ(><)まだまだ描き足りないってことですかねぇ(><)」  やたらデカイ胸をゆっさゆっさ揺らし、上目遣いをしながらにじり寄ってくるもるるさんに狼狽しながら、アイシンさんは「いや、描き方に変な癖があるのが良くないのかも……」と苦しいセルフフォローを入れる。 「でも、実際問題量も関係あるっスよ。ほら、杉原千畝だって文字書きすぎて腱鞘炎になって、最終的にはマグカップすら持てなくなっちゃったっていう……」 「ええ、なにそれ怖……」  咄嗟にアイシンさんは自分の右手首を押さえた。 「ええ~コワーイ(><)でもそんだけたくさん描いてるからアイシンさん絵上手いんですね~今日のオンリーもアイシンさんのスペース人ヤバかったですね~いいなぁ~(><)」 「確かに凄かったッスね……即完売って……さすが大手ッスね……」 「いや、あれは俺が部数見積もり甘くて……」 「もぉ~アイシンさんちゃんとブクマコメ数確認してます?? 今日あと100部はいけたんじゃないですかぁ?」 「えっと、それは……。あっ俺そこのだし巻き貰っていいかな?」  困ったように笑いながら、もるるさんから目を逸らし、アイシンさんは俺の前のだし巻きを指さした。  俺はアイシンさんの皿にだし巻きと大根おろしをよそいながら、ため息をついた。 「でも、マジでこれじゃまた転売きますね、アイシンさんの本。この前のメルクたんの輪姦本ヤバかったッスもんね。すげー高値でヤフオク出てて……」  つられてアイシンさんもため息をつく。 「あれね……ビビったよね……ほんとやめてほしいんだよね、ああいうの。そっか部数が少ないと転売されるんだね……」 「そぉですよ~しっかりしてくださいよ、アイシンさん! ほら、お見舞いにこれあげますから早く腱鞘炎治してくださいねぇ(*´艸`*)」  そう言って、もるるさんは自分の鞄から紫と黄色のバイカラーのリストバンドを取り出し、アイシンさんの右手首に巻き付けた。 「これ……」  アイシンさんが苦笑いする。 「そぉですよ~今日のノベルティの余りです! アルファ×ベータなのでバイカラーで作りました(^ー^)かわいくないですか~?」 「いや、これ……先週も飲み会の時もるるさんから貰って、腕に巻いてもらったよ……ノベルティ届いて嬉しいから1個あげますねーって」  あれぇ?? そうだっけ?? と小首をかしげ、もるるさんはテヘペロした。  胸はデカイが顔はイシツブテみたいなので、全く萌えない。 「もるるさん、相当酔ってるね」  アイシンさんは小声で俺に向かって笑った。 「でも、マジで病院行って薬貰った方がいいッスよ。貼り薬とか貼って……あ」  俺はふと思い出した。 「どうしたの?」 「俺、いつも使ってる鎮痛剤があるんスけど、アイシンさんこれ使います?」  俺はゴソゴソとカバンを引っ掻き回し、薬をアルミシートごと取り出した。 「これッス」 「え、なにこれ薄紫なの? こんな色の薬初めて見た……」 「そーなんスよ。俺も姉貴から貰ってるんで。姉貴が産婦人科で生理痛用に貰ってくるらしいんですけど、これマジでめっちゃ効きますよ。俺も腰痛い時とか飲んでるんスけど」 「どうりで見たことない……」  暫くアイシンさんは物珍しそうにその小さな薬を眺めていたが、 「いや、いいよ。ただの腱鞘炎? だし……」  と言い、テーブルに薬を置いた。 「いや、悪くなってからじゃ遅いッスよ! アイシンさん描けなくなったら俺のオナネタどーするんスか! 俺オナ禁とか無理っスよ」  アイシンさんは盛大に吹き出した。 「アハハ、オナ禁って(笑)じゃあ有難く貰っとくわ。えっシートごと貰っていいの?」 「1日1錠、毎晩寝る前、14日分。早く治してくださいね。次は激シコなメルクたんのおもらし本待ってますよ!!」  アイシンさんは声を出して笑った。 「アッハハハ!! 分かったわ、おもらし本ね、そのうちね。アハハ……」  残りのハイボールをぐいと飲み干し、アイシンさんは「ところでさ」と切り出した。 「なんスか?」  俺も目の前のビールを口に運んだ。 「このリストバンドだけど……」 「はぁ」 「……なんか、すっげーチクチクする」  今度は俺が吹き出した。 「ノベルティにクオリティを求めないでください! もるるさんが怒るっスよ!」  すかさず二人でバッともるるさんの方を向いた。  もるるさんはガトーショコラにフォークを刺したまま、机に突っ伏して寝ていた。 「オンリーお疲れ様です」  俺とアイシンさんは二人で笑いあった。    *    帰り道、俺は考えた。  俺も、アイシンさんみたく絵が描けるようになりたい。ブクマもコメも、RTもいいねももっとしてもらえるようになりたい。  自分の絵で萌えられるようになりたい。  自分の萌えたものをそのまま人に伝えたい。  アイシンさんの濃厚な塗り、綺麗で迷いの無い線、読ませる構成……アイシンさんは凄い。今日のオンリーで、改めて感じた。  アイシンさんは、神絵師だ。  
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