プロローグ

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 無機質な画面に羅列されて行く文字を目で追いながら、私は小さく息を零した。  打ち込まれ、変換され、初めて意味を成す言葉達。単体では見向きもされない文字達も、書き手の技量によっては読者の心を動かすものとなる。  ディスプレイを睨んだままの私に、それまで課題に取り組んでいたはずの部長が 「天宮(そらみや)〜」  とふと声を掛けた。 「部誌も出来たし、発行は来週にするから。他の部員にも伝えといて〜。あと感想用紙の印刷も宜しく」 「面倒臭いですね。そのくらい自分でやって下さいよ。まあ、部長である秋瀬(あきせ)飛汰(ひなた)先輩が購買の限定モンブラン買ってくれるって言うなら、やらない事も無いですけど」 「...分かった。買う。買うから」 「了解です〜」  がっくりと項垂れる秋瀬先輩を横目に、私はそれまで取り外していた赤フレームを装着し直した。  私立・桜楼(おうろう)学園の西棟、文芸部室にて。部誌の発行とその日時、二つの重要な報告を控えておきながら、この部長は今日までその事を忘れていて...今に至る。 「だってさ、仕方ないじゃん!?俺だって受験勉強したいの!大学行きたいの!数学勉強したいの!」 「それとこれとは別ですよね。っていうか、それ去年から言ってませんでした?せめて地区総体が終わるまではちゃんとして下さい。部長の自覚無さすぎです」  私の指摘に先輩が言葉を詰まらせると、私は「...よし、完成」とエンターキーをタンッと叩いた。画面に連なった文字の中、一際目を引くのは『LiaR』という四つのアルファベット。 「新作?っていうかさ、お前の小説って読者からの評判凄いし、もう次の部長ってお前で良くね?」 「...そうですね、一応考えておきます。今の部長より良い文芸部を作る自信はありますし」  いじける部長を横目に見ながら、私は「ちょっと散歩行って来ます」と断って部室から出て行く。薫る風と吹奏楽の音色に導かれて辿り着いたのは、部室棟の近く、西棟外れのテラス。  ...そして、弓道場がはっきりと見える場所。 「「「ヨシッ!!!」」」  澄んだ弦音と的を穿つ矢、そして、射場で息を吐く、弓を持ったままの短髪の青年。  ...次の小説に弓道を選んで、正解だったかもしれない。  引退を間近に控えた彼の...射場に立つ姿を描く事が出来るのだから。 「あれ、茜音(あかね)じゃん。部活どうしたの?」  突然の声にふと振り向くと、バスケットボールを持った小柄な少女が「えへへ」と無邪気に笑っていた。黒いTシャツとバスパン姿の彼女は、「あ、ここ弓道場見えるもんね」とショートボブを揺らして私の隣に歩いて来る。 「魅音ちゃん、今日オフ日じゃなかったの?自主練?」 「そう!あと二週間もすれば地区総体だからね。私達には最後だから、しっかり練習して臨まないと」  私の問いに嬉しげに答えると、彼女は楽しそうにカラカラと笑った。  成瀬(なるせ)魅音(みおん)ちゃん。この桜楼学園の生徒会副会長を務めていて...強豪として名を馳せる、女子バスケ部の主将。 「そういえば、茜音は小説どう?順調?」 「それがね、今回の部誌に間に合ったの。弓道部が出て来るから、描写とか間違えたくなくて」 「...そっか。三年の引退も近いもんね。バスケ部は夏休みまで誰も抜けないけど、他は大体地区総体を境に引退し出すからなあ...。...そっか、もうそのくらいになるんだね...。  期待してるよ...『LiaR』」  魅音ちゃんの言葉に、私はフッと唇を歪めた。
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