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「えー?なんでそうなるんだよ。ちゃんと本人に聞けって。あの後輩が本当のこと言ってるか怪しいだろ」
「もういい。無理。こんなみっともないのは俺じゃねえ」
缶ビール片手にテーブルに突っ伏している一希に、圭人は呆れた様子を隠しもしない。2人が飲んでいるのは、一希の母親が冷蔵庫にストックしていた缶ビールやら焼酎やらだ。
2人揃って飲みたい気分になったのも当然で、帰り道のコンビニに寄ったが、未成年の2人には当然アルコールを買うことはできず、ツマミだけを買い揃えてきた。
母親には後で怒られるだろうが、酒でも飲まなきゃ誰彼構わずケンカを売ってしまいそうだ。
名城からは、後で詳しい話を聞かせろと、短いメッセージが届いたが、一希は返信をせずにブロックしてしまった。そこまでしないと、連絡を待ってしまいそうな自分が許せなかった。
お互いに交換した連絡先はSNSだけで、携帯番号もメールアドレスも、名城は一希の自宅さえも知らない。身体だけの関係なんて、切れるのはあっという間だと改めて気付かされる。今までも一夜だけの関係を持った女はいたが、名城とはこんな終わりを迎えるとは思ってもいなかった。
そう簡単に未練を断ち切ることはできず、翌朝、目覚めた時にはつい携帯を真っ先に確認してしまった。もちろん連絡などあるはずもなく、ベッドに横たわったまま起きる気にもなれない一希を、圭人は床に敷いた客用布団から気の毒そうに眺めていた。
「ちょっと一希〜。あんたまたサボる気? さっさと起き…」
無遠慮にドアを開けた母親は、圭人の姿に気付いて小言を止めた。
圭人が「おばちゃん、久しぶりー」と声をかけると、「やだ、圭人? なによあんた、泊まってたの?」とはしゃいだやり取りが始まった。
「実は一希のヤツ、失恋したらしいからさ〜。今日だけは見逃してやってよ。お願い!」
「ウソ〜失恋? この子が? ウケるわ〜」
母親には笑い飛ばされたが、むしろそれくらい軽く受け流してくれてありがたかった。
「まったく、せっかくイケメンに産んでやったんだから、次はもっとうまくやんなさいよね」
そんな激励だけを残して去って行ったということは、今日のサボりについては黙認してくれるのだろう。
「一希〜。俺、今日は地元戻って不動産屋に行ってくるな」
「え、不動産屋?」
「ああ。クソ親父のとこに戻るのも嫌だし、住むところ決めてくる」
「もう? しばらくうちに泊まるって言ってたろ」
「いやー、俺、未成年だし、バイト先のママに契約者になってもらわないとかもだし、審査とか時間かかると思うからさ。おばちゃんにお願いしてみてOKだったらしばらく泊めてもらう」
「ああ…」
一希があからさまにホッとしたせいか、圭人が困った顔で笑った。
「寂しいんだろ? 連絡して、ちゃんと話を聞けって」
「うるせえ」
昨夜から繰り返されているやり取りにうんざりして、一希は圭人に背中を向けた。
「やっぱり未成年で部屋借りるって大変なんだな」
無事に圭人の条件を満たした物件は見つかったが、やはり審査はどうなるかわからないと不動産会社には言われてきた。
一希も物件巡りに付き合ってみたが、慣れないことをして疲れてしまった。
契約者になる事を引き受けてくれたママさんが出してくれたジュースを、慣れないゲイバーのカウンター席で一気に飲み干した。
「まあ、あとは結果を待ちましょ。ダメだったら次を探せばいいわよ」
ママさんは短髪でガタイのいいおじさんで、オネエ言葉で話す優しい声音とのギャップに初めは驚いた。しかし失恋した圭人にかけてくれる言葉がいつも優しくポジティブで、この店を訪れる客も癒されて帰れるだろうと想像できた。
「おはよう、ママー! あら、やっぱり来てたのね〜」
元気よく出勤してきたのは、初めて一希がこの店を訪れた時に声をかけてくれた男だ。源氏名をミランダというらしく、圭人はミラ姉さんと呼んでいる。
「ミラ姉さん、おはよ。やっぱりって、なんで?」
圭人もここの人達の前では言葉遣いが変わる。仕草まで変わるので、今も不思議そうに首を傾げている。
そんな圭人をミランダも可愛がっているらしく、顔色を確かめるように覗き込んだ。
「ん、随分顔色がよくなったわね。一希ちゃんのダーリンも一緒に来てるでしょ。さっき駅前で見かけたわよ〜」
「え?」
「ちょっとミラちゃん。なんであんた一希のダーリンまで知ってんのよ。相変わらず情報通ねえ」
「ふふ、それがすっごい男前なのよー! ここにも連れて来なさいよ〜」
「いや、一緒に来てないし!」
「ミラ姉さん、見間違いじゃなくて?」
驚いている一希と圭人を見て、ミランダも付けまつ毛に囲まれた目を見開いた。
「絶対そうよお。一希ちゃんがこの前来た時に着てた学ランだったわよ?もう1人同じ学ラン着た後輩っぽい子と一緒だったけど」
もちろん、今日この町にくることは名城には言っていないし、一希と一緒じゃなければ名城がここへ来る理由もないはずだ。
混乱して、一希と圭人は顔を見合わせた。
次の日はさすがに母親に学校へ行けと追い出された。一希は居候だからと自ら家事を申し出て、一希を起こした後に就寝した母親を起こさないように大掃除をすると張り切っていた。
学校で名城に会うのは気まずいと警戒していたが、今日は登校していないようだ。
いつも通り退屈な授業を終え、放課後、生徒用玄関を出て校門へ向かって歩いていると、背後から「おい」と、声をかけられた。
振り向くと、そこにいたのは一昨日、名城のアパートで会った、彼の後輩だった。なぜか顔に幾つか傷を作っている。
「なんだよ」
「…お前、なんで有先輩の連絡、無視してんだよ」
まさか本人ではなく、この男から責められるとは思わなかった。先日の様子では、一希を名城から引き離したがっているようだったのに。
「…お前に関係ねえだろ」
その返事に男はムッとしていたが、一希は無視して歩き出した。
「なに勝手に帰ろうとしてんだよ。まだ話は終わってねえだろ」
「知るか。俺にはてめえと話すことなんて1個もねえ」
「てめ…」
「おい、涼平」
追いかけてくる男に構わず校門を出たところで、2人の前を塞ぐように現れたのはあの女だった。
艶やかな黒髪をなびかせながら、他校の制服を着て立っている女は嫌という程目立つ。
「あたしんとこに連れてこいっつっただろ。何揉めてんだよ」
「いや、こいつ生意気なんすよ」
「何様だよ、お前は。同学年なんだろ?」
「そっすけど…」
どうやら男が一希を呼び止めたのは、この女の指示だったらしい。本妻に呼び出される不倫相手ってこんな感じだろうかと思うような後ろめたさだ。
どこまで知ってるのか、自分はシラを切るべきなのか、判断に迷う。
「馬鹿が失礼なこと言ったんなら悪かった。ちょっと時間もらってもいいか?」
正直、この女と話をするなんて、名城本人と話すよりも憂鬱だ。しかし断るのに適当な理由も思いつかず、一希は仕方なく頷いた。
連れてこられたのは古びた喫茶店で、一希達の他に客の姿はなかった。一番奥の席に座ってしまえば、カウンターにいる年老いたマスターには、話の内容は聞こえなさそうだ。
「アイスコーヒーでいい?」
「はあ…」
「マスター! アイスコーヒー2つ!」
慣れた様子で女がオーダーすると、老人も慣れた様子で手を上げて頷いた。
コーヒーが届くまで待つつもりなのか、女はすぐには話し始めず、テーブルの隅に置かれている灰皿を引き寄せ、鞄からタバコを取り出した。
火を点けるとメンソールの香りが漂ってきたことにホッとする。
すぐにコーヒーが運ばれてきて、老人は2つのグラスとミルクとガムシロップが入った2つのピッチャーをテーブルに置き、次の瞬間、空いたトレンチで女の頭をペコっと叩いた。
「いてっ」
「制服で吸うんじゃねえ」
「ハイハイ」
女は素直にタバコを灰皿に置いたが、老人が背中を向けた途端、再び置いたタバコに手を伸ばした。
「あんたも吸うんだろ?」
「いや…」
女が灰皿をこちらに寄せてくれたが、一希はなんとなく断った。すると何かを見透かすように女が目を細めて笑う。
「あいつん家の灰皿にあった洋モク、あんたのだろ?」
すぐに答えられない一希を笑って、女はアイスコーヒーをブラックのまま、ストローも使わずに半分程飲み干した。
「つうか、あんたって呼んでんのも悪いし、一希って呼んでもいい? あたしのことはアカリって呼んでよ」
女は美しい外見とは真逆の、随分とガサツな話し方をする。動きもガサツで、細くて綺麗な指をしているのに、灰皿にタバコを押し付ける動作は力強い。
「あの…、用事は何なんすか?」
「ああ。あのさー、お節介なのはわかってんだけど、有と連絡取ってやってよ」
「え…」
女の言葉は予想外だった。一希はてっきり、あの後輩のように名城から引き離すために、話をしに来たのかと思っていた。
「あいつ、一希と連絡が取れないってすげえ心配しててさ。つうかブロックしてるだろ? ぶっちゃけ」
否定もできずに俯いていると、女は更に「なんで急に?」と、重ねて問いかけてきた。
「さっきの奴に…」
「ああ、涼平?」
「あいつに、あんまり独占するなって言われたし」
告げ口のようだが、言われた事は事実だ。女は美しい顔を顰めて「はあ?」と、似合わない間抜けな声を発した。
「なんであいつが?」
「あんまり会えないでいる彼女に遠慮しろって」
「彼女? 有に?」
「え、アカリさんが彼女だって聞いたっすけど」
飾りっ気のないアカリの反応に、一希の口も滑らかになっていった。アカリの表情はますます崩れていく。
「ありえねえ! つうか、うちら兄妹だし!」
「え⁉︎」
「あ、いや、ヤッベ」
どうやら今のは失言だったらしい。見る見る青ざめていくアカリが気の毒で、一希は慌てて「大丈夫っすよ」と、声をかける。
「今のは聞かなかった事にした方がいいんすね?」
「絶対だぞ! バレたらあたしが有に殺される!」
どれだけ怖い兄貴なのかと、不思議に思うくらいのビビりようだ。普段の名城からは想像がつかない。
「じゃあ、さっきのあいつも知らないんすか?」
「ああ。兄妹っつっても、あっちが何ヶ月か早く産まれただけで同い年だし、ダチ連中も誰も知らない。ウチらも中学まではお互いの存在も知らなかったしな。ああ、だから涼平の奴、誤解してんのか」
たぶん名城の部屋に泊まったりするというのは本当なのだろう。2人とも、他人にどう思われるかなど全く気にしなさそうだ。
確かに兄妹と聞くと納得できる気がした。どことなく顔や雰囲気に似たところがある。何か深い事情がありそうだが、一希にそれを聞くことはできなかった。
「じゃあ問題ないよな。ブロック解除してくれよ」
「……」
我ながら馬鹿みたいだが、ここまでしてしまった手前、何事もなかったように振る舞うのは難しい。
ダチ同士のケンカならともかく、彼女がいるとわかって距離を置こうとしたなんて、完全に色恋沙汰の揉め事だ。
すぐに答えない一希を、アカリは怪訝そうに眺めている。
「なあ、一希って有とどんな関係なんだ? 有はケンカっ早い一希を止める保護者みたいなもんだって言ってたけどさ」
「あ、ああ。そんな感じっす」
「なんか怪しいんだよなー!」
アカリはイライラしながら、綺麗な髪を掻き上げた。
「…あいつさあ、昨日、一希が捕まってるって聞いて、あんたの前の地元? まで行ってケンカしてきたんだよ」
「俺が…?」
突然の話に頭がついていかない。しかし、ミランダが名城を見かけたと言っていたことを思い出す。
「今、中学の頃に有と敵対してたグループと揉めててさ、その関係かもしれないけど」
「それで、なんで俺が…? ケンカってホントに」
「そ。昔つるんでた後輩も何人かついて行ったから、なんとか勝ったらしいけど」
先程、涼平という男の顔にも傷があったことを思い出す。
「まあ、あたしもその辺の話は詳しくないんだけどさ、でも…あ、ちょっと悪い」
アカリの鞄から着信音が聞こえて、話は途切れた。一希は口をつけていなかったアイスコーヒーにようやく手を伸ばす。
よく冷えたコーヒーを飲み干し、考える。昨日、名城は本当にあんな遠くまで来ていたのだろうか。
「え! またかよ⁉︎」
アカリの声に顔を上げると、戸惑った様子のアカリもこちらを見た。
「ああ、一緒だけど…」
そう言って、アカリは持っていた携帯をこちらに差し出した。
「涼平から。また有が絡まれてるらしいって」
言われて、慌てて携帯を受け取った。
「もしもし?」
『あ〜、やっぱりな! くっそ、また有先輩騙されて…。てめえのせいだぞ! 一緒に来い!ケンカできんだろ⁉︎』
どうやら走りながら電話してきているらしいが、聞き取れない程ではない。一希は迷わず立ち上がった。
念の為、アカリから教えてもらった涼平の携帯番号を、自分の携帯に登録してから店を飛び出した。
向かう先は、初めて名城に声をかけた、あの駅前の公園だった。途中で圭人に電話をかける。
『もしもし、一希? ちょうどよかった! 今、こないだ別れた男に付きまとわれててさ…』
「はあ⁉︎ 今、どこにいるんだ?」
なんでこんな時にと憤りながら聞くと、圭人がいるのは、ちょうど目的地近くの駅だった。
「すぐに行くから! そんで圭人も名城さん助けに行くの手伝ってくれ!」『はあ?』
当然、圭人には話が伝わらなかったが、とりあえずその近辺にいるように言って、電車に飛び乗った。
「一希! こっち!」
「悪い、待たせて。そんでどこにいるって?」
「ほら、あそこ」
指で示された先には、確かに圭人が別れたばかりの男がいた。改札前の人混みの中で、柱の陰からこちらをじっと見ている。身を隠すわけでもなく、わざとこちらに存在を主張するような行動に、一希はイライラする。
「クソ、とりあえずあいつは後で片付けるとして、頼む! 助けてくれ!」
「ひょっとして、ケンカか?」
圭人の目が光る。いくら男に尽くすようになっていても、ゲイバーで働くようになっても、やはりケンカと聞くと元ヤンキーの血が騒ぐのだろう。
2人はすぐそこの公園へと走った。
「あ、涼平!」
「⁉︎ てめえ! 気安く呼ぶんじゃねえ!」
前を走る涼平に気付いて声をかけると、物凄い剣幕で振り返った。お互いに走りながら怒鳴り散らす。
「アカリさんが彼女って、嘘じゃねえか!」
「うるせえ! てめえが邪魔なことに変わりはねえんだよ! ブロックとか陰険なことして、先輩を困らせやがって!」
「てめえが遠慮しろっつうから、言う通りにしてやったんだろうが!」
「お前らうるせえよ。静かに走れねえのかよ」
「ああ⁉︎ 誰だよこいつ!」
「助っ人だよ。人数いた方がいいだろ」
「こんな弱そうな奴、足手纏いになるだけだろ!」
「あ?」
圭人まで涼平と言い合いになりそうだったが、幸い、その前に公園に到着した。
3人揃って駆け込み、不穏な空気を発する集団を見つけた。
「先輩!」
涼平が呼ぶと、制服姿の男達の中央で名城が振り向いた。
「一希…」
名城は頬に傷痕の残る顔で、ホッとしたように笑った。今日できた傷ではなさそうだが、アカリの話が本当なら、昨日、一希が捕まっていると騙されて喧嘩した傷だろう。一希の胸が引き絞られるように痛んだ。
「なんだよ、本物が来ちゃったのかよ」
突然、割り込んできた声と一緒に、一希達の背後から新たに数名の男が現れた。
「おっと、相棒も一緒かよ。ちょうどいい。あの時の借りを返させてもらおうか」
男達は一希の以前の地元で絡んできた連中だった。
一希の引越し前に勝ち逃げしてから圭人もすぐに実家を出たので、仕返しをされる事はなかったと聞いている。
ゲイバーの仕事を始めてからは女装して外出していたようだったので、道ですれ違っても気付かれなかったのだろう。
「なんでてめえらがこんなところにいるんだよ」
「あいつらはうちと同盟組んでてなあ。ちょうどあの男と深い関係があるっていうからよ。まあただの偶然だけど、運が悪かったな。一昨日の喧嘩の御礼参りに付き合ってもらったわけだ」
「御礼参りにこんな遠出してきたのか? 相変わらず暇だな、お前ら」
「ああ⁉︎」
まさに一触即発状態の圭人達の言い合いを、名城を囲んでいる連中も面白そうに眺めている。そんな中、一希と名城はお互いに見つめ合ったまま、動けなかった。
一希は突然音信不通になった自分を、名城がなぜこんな風に助けようとしてくれるのか聞きたかった。名城がどんな気持ちで今、自分を見つめているのかはわからないが、同じように一希の本心を探ろうとしているような気がした。
「てめえらこそ相変わらずだな。これだけ人数に差があるのに勝てると…」
一希の横に立っている男の台詞を全て待たずに、一希は前を向いたまま拳を振り上げた。
突然の一撃は、綺麗に男の顎に入り、男はそのまま地面に倒れて動かなくなった。
「このガキ…!」
「名城さん! 話があるから、早くこいつら片付けるぞ!」
初めて会った日のような状況に名城も気付いたのか、ニヤッと笑い、囲んでいる連中のリーダーらしき男に向き直った。
「悪いな。俺は何故かあいつのお願いが断れなくて」
情けない宣言に一希が驚いている間に、名城の拳が鈍い音を立てて男の腹部に埋まった。
「…っ」
膝から崩れ落ちた男を見て、公園内に怒号が響いた。あとはもう考える間もなく、向かってくる男達を本能のままに叩き潰すだけだった。
そこら中で怒鳴り声や、体がぶつかり合う音が聞こえてくる。
周囲の状況もわからないまま次々と沈めていくと、最後の男に頭突きを食らわせたところで公園内が静まり返っていることに気付いた。襟首を掴んでいる男の力が抜けたところで手を離すと、ドサッと音を立てて崩れ落ちた。
息を切らせたまま顔を上げると、目の前で名城が笑っていた。さすがに相手が多かったのか、名城も息を切らせている。
「毎度毎度、やり過ぎだろ」
「手加減なんかしてられっか、まどろっこしい」
周囲を見回すと、地面に倒れたりしゃがみこんだりしている男達の中、圭人が随分とスッキリした顔で親指を立てて見せた。
「久し振りにスカッとした」
「だな。たまにはいいな」
「お前はこの前暴れたばっかりだろ」
そう言って名城が大きな手で一希の髪をグシャグシャと搔き回した。大きな手が心地良い。
しかし一希は「うるさい」と言いながらその手を払った。圭人がニヤニヤしながら見ていたからだ。一希が親友に見られて恥ずかしがっているのも、名城にはお見通しだろう。きっと一緒になってニヤニヤしているだろうとわかっているので、一希は俯いた顔を上げられなくなってしまった。
そこへ助け船を出してくれたのは、意外にも涼平だった。
「有先輩。こいつがそこの陰に隠れてたんすけど」
「あ」
涼平が腕を掴んで引きずるように連れてきたのは、圭人の元恋人だった。
「い、いや、俺はただの通行人で…」
男は情けない顔でしどろもどろな言い訳を並べ始めた。その様子を黙ったまま冷たい目で眺めていた圭人が血の混じった唾を吐き捨てると、男は青ざめた顔で無言になった。
「…ただの通行人だし、放っとけば」
そう言ったのは圭人だった。
「だな。もう疲れたし」
一希も同意すると、涼平が不思議そうな顔で手を離し、男はもつれるような足取りで慌てて去って行った。
圭人が複雑そうな表情を浮かべていたのは、何か思うところがあったのか、ただ疲れているだけだったのか、一希にはわからなかった。
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