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電話で詳しい場所を聞いた圭人の住むアパートは、こじんまりとした部屋だった。 間取りは1DKのようだが、ダイニングのテーブルに通されたので、奥へ続く扉の向こうはどうなっているのか全くわからない。 「彼氏、いるのか?」 閉じられた扉を指差して尋ねると、キッチンでコーヒーを入れていた圭人は、こちらに背を向けたまま「いないよ」と、短く答えた。 取りつく島もない態度に一希が黙ると、マグカップをテーブルに置きながら「いたらお前を部屋に入れるわけないだろ。この狭い部屋で喧嘩されたらたまんねえよ」と、付け足された。 今さらながら先程の名城のアドバイスの意味を知った。一希が反対すればするほど、親友の心は離れていく。 「…どんな奴なんだよ」 「電話で散々惚気たろ」 「イライラしながら聞いてたから覚えてねえ」 正直に言うと、圭人はプッと噴き出した。ようやく張り詰めた空気が緩み、二人の間に昔の空気感が戻った気がする。 「すげえ繊細な人。俺らと全然違う。喧嘩になりそうな雰囲気になると慌てて俺のこと甘やかすんだ。ほら、俺の周りにいる奴らって、ムカついたらとりあえず殴るってのばっかりだろ?だから新鮮でさ」 「悪かったな。とりあえず殴る人間で」 一希はコーヒーを睨んだままボソリと呟いた。 「お互い様だけどさ。…悪かったな、殴って」 謝られて、先日、店の前で殴られたことを思い出す。 「忘れてた。くそ」 頬を押さえて睨むと、圭人はまた笑った。 「お前が人に殴られたことを忘れるなんて、どうしたんだよ」 思い当たる理由は、あの後すぐにストレスを発散させたからだ。その発散方法を思い出し、慌てて「たまにはそんな事もあるよ」と流した。 しかし長い付き合いの圭人はごまかされなかった。ニヤニヤしながらテーブルに身を乗り出し、頬杖で一希の顔を覗き込んできた。 「セックスだろ。向こうでオンナできたのか?」 「できねえよ」 「じゃ、男か」 サラッと指摘されて、思わず言葉に詰まった。それが答えになってしまい、一希の顔に熱が集まる。途端に圭人が嬉しそうな顔で、ますます身を乗り出してきた。 「マジかよ! てめえ、散々反対してたくせに!」 「ちげえよ! 男と付き合うのを反対したんじゃなくて、相手が…! つーか、俺は違うから! つきあってる訳じゃねえし!」 「あ、この前、男とセックスしたって言ってた奴か。どうせ俺がお前にはわかんねえって言ったから、意地になってヤッてみたんだろ? そいつと続いてんの?」 「続いてるっつうか…、セフレ?」 一希の答えに、今度は圭人の顔が曇る。 意外と純情な圭人の説教でも始まるかと身構えたが、彼の口から出たのは意外な質問だった。 「…ホントに気持ちよかったのか?セックス」 不安そうな圭人の質問が、一希には不思議なくらいだ。 名城とするセックスは今までで一番気持ちいいし、名城も女とやるより気持ちいいと言っていた。 ネットでは色々な意見があったものの、やはり気持ちいいという声が多かったと思う。 当然、それらの情報は圭人も見ただろうし、いつまでも挿入に苦痛を感じる事をずっと悩んでいたのかもしれない。それをあんな風に責めてしまったことを、一希は後悔した。ただ別れさせたいという自分本位な気持ちだけで、結局は圭人を傷付けただけだった。 「…っあのさ、前立腺はいじってもらってるか?」 一希が思い切ってそう切り出すと、圭人は一瞬何を言われたかわからなかったらしくぽかんとしたが、すぐに顔を赤くした。つられて一希の顔も真っ赤に染まる。 こんな事を話すのは恥ずかしいが、やり方に問題があるなら、そこを相手に伝えれば圭人も気持ちいいセックスができるかもしれない。そんな思惑を圭人も理解したようで、恥ずかしそうに目を逸らしながらも答え始める。 「指で慣らす時は」 「そ、そっか。えっと、痛いのは入れる時だけ?」 「いや…、入れた途端にガンガン突かれるからずっと。でも、普段は草食系なのにいきなり野獣になっちゃうその瞬間が好きでさ。あっという間にイクから、そんな長い時間でもないし…」 今度は一希がぽかんとする番だった。入れてすぐに激しく突かれるのを想像して、思わず顔を顰める。もう付き合い始めて半年程が経っているからなのか。 名城は二度目のセックスの時も、一ラウンド目は一希の中が馴染むまでじっくりと時間をかけた。 もちろん人によって感じるセックスは違うだろう。だから自分達のやり方を押し付ける気はないが、もう少し相手に気遣ってもらってもいいと思う。 「入れたらちょっと動きを止めていてもらえば? 中が馴染むまで。もう早く動けよ!ってなってから擦られるとすげえ…」 気持ちいい、という言葉を発する直前、我に返った一希を圭人が遠慮なく笑い飛ばす。 「お前、焦らされて感じるタイプだったのかよ」 「ち、ちげえよ!俺じゃなくて、向こうが焦らして楽しむ奴で…!」 「それで感じてんだろ? だから相手も焦らしてんじゃねえの?」 「うるせえ!」 怒鳴りながらも、二人の間のわだかまりは完全に消え去っていた。 こっちの地元でつるんでいた時にはほとんど話したことのない、お互いのセックスの話で、なぜか笑ったり怒ったりしながら盛り上がった。 圭人の恋人が気に入らないという気持ちは変わらなかったが、とりあえずセックスで体調を崩すなんてことはなくなるんじゃないかと、一希は楽観的に考えていた。
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