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圭人のアパートを後にした一希は、駅で名城と合流したが、帰り道の電車の中では会話の内容を教えることができなかった。 何せ、その会話のほとんどが猥談だったのだ。しかも名城のやり方をペラペラ話してきた手前、本人には言い難い。 「で?親友とはどんな話をしてきたんだ?」 「んー、恋バナ?」 「嘘つけ。だったら電車の中だって話せるだろ」 その通りだ。あれだけいきり立って親友のアパートへ向かった一希が、上機嫌で戻ってきたので、名城はずっと何があったのか気になっている様子だった。 それを電車の中では話せないとはぐらかしていたので、名城の部屋に着いた途端、しつこく問い詰められている。 帰り道に夕飯は済ませてきたので、とりあえず一服したいと、ベッドを背もたれにしてフローリングに腰を下ろした。隣に腰を下ろした名城も、咥えたタバコに火をつけて、話し出すのを急かすようにこちらに体を向けている。 バニラの香りが辺りを包み、一希は誘われるように隣に体を寄せた。 「なんだよ」 じっと見つめる一希を不思議そうに笑いながらも、名城の唇が寄せられる。柔らかく吸われて、チュッとリップ音を残して離れていく。 「で?」 「…で?」 「とぼけんなよ。そんなに聞かれちゃまずい話か? ていうか、なかなか俺に話せないっていう時点で大体想像ついてんだよ」 「…なんだよ」 「男同士のセックスについて」 とぼけようもない程に核心を付かれて、一希は目を逸らした。 自分の話をされていたとわかっているだろうが、名城は気分を害した風もなく、一希の正直な反応を笑っている。 「やっぱりか。どんな話をしたんだ? サイズか? 持ちの良さか?」 「下品なこと言うな! 痛くないやり方についてだよ!」 「ああ、お前の親友は痛がってたんだっけ。で? 中だけでイケる一希は、なんてアドバイスしたんだ?」 完全にからかっている名城を、一希は頬を染めながらも思いっきり睨んだ。 「入れたら馴染むまで待ってもらえって」 「ふーん、入れてすぐに激しくピストンするタイプ?」 「…っぽい」 「そりゃ辛そうだな。二ラウンド目ならいいだろうけど。な?」 そう言って名城は一希の耳たぶを弄り始めた。 一希の耳は軟骨ピアスを幾つか着けているが、今は耳たぶには一つも着けていない。しかし以前開けてあった穴の名残りがあり、そこを名城はよく撫でてくる。もうそれだけで前戯のようなものだ。 平気な振りでタバコをふかすが、そのうち我慢できなくなる自分が容易に想像できる。 「あ、あと画像もたくさん見せられてきた」 「いい男だったか?」 「…」 「一希の好みではなかった、と」 よくわかるなと感心しながら、圭人の前では言えなかった事をぶちまける。 「前に送られてきてた画像ではわからなかったんだけど、すげえ弱そうでさ。喧嘩になりそうになると甘やかしてくるとこがいいとか言ってたんだけど、俺だったらすげえイライラする。フリーターなんだけど、バイトもコロコロ変えるらしいし…」 一気にまくし立てようとする一希を初めは面白そうに眺めていた名城だったが、ふいにその眉間に皺が寄ったことに気付いて、一希は言葉を止めた。 「殴られてる様子はないか?」 「え? 圭人が? まさか。あいつも俺と同じくらい強い…」 「恋人に殴られたら、やり返せるタイプか?」 重ねられた問いかけに、一希は押し黙った。 「…わかんねえよ」 「今まで、どんなセックスでも黙って耐えてた恋人に急に注文つけられて、キレないといいけどな…」 「な、なんでだよ。ホントにすげえ弱そうだし、喧嘩もできないタイプだって言っただろ」 「ああ、そうだな」 急に不安になった一希の額に、名城が優しく唇を落とす。単に宥めるためだけではなく、励ますようなキスだ。 今日の仲直りが上手くいったのは、頭ごなしに反対するなという名城のアドバイスのおかげだったことを思い出す。 冷たそうに見えるのに、色々な人間の気持ちがわかることが不思議だ。 「あんた、なんでそんなに人のことがわかるんだよ」 「いや、わかってるわけじゃなくて推測だぞ」 「でも、あんたに言われた通り、圭人の話を聞くようにしたら仲直りできたし…」 「そりゃ基本だろ。逆にいつでも直球勝負のお前が変わってんだよ」 「悪かったな。じゃあ、さっきの圭人が殴られるかもっていう推測は? 普通そんな事わかるか?」 「だから、わかってるわけじゃなくて、似たようなタイプを見たことあるからだよ。…昔、中学の頃は番張ってたからな。色んな相談受けて、色んな奴見てきたよ」 初めて聞く、名城の昔話だった。一瞬、驚いて目を見開いたが、すぐに納得できた。 面倒見のよさといい、後輩からの人気といい、逆に今は誰ともつるんでいないのが不思議だ。 「…なんで今は一人なんだよ」 一希の純粋な質問を、なぜか名城は笑って受け止めた。 「お前のそのいつでも直球なとこ、ホントにいいな。安心するよ」 「人をアホ扱いするな」 軽く繰り出したパンチを、名城の大きな掌がパシッと掴んだ。そして、「してないだろ」と笑いながら一希の拳を開いて指を絡めて、キュッと握ってきた。 名城の心の傷に触れているのだと、今さら気付いた。縋るようなその手をしっかりと握り返し、触れている肩に体重を預けた。 空いた手に持っていた吸いかけのタバコを灰皿で揉み消し、名城の手からバニラの香りのタバコを奪い、長くなった灰を灰皿に落とした。そして、名城には返さずそのまま自分の口に咥える。 「なあ、そろそろセックスしねえ?」 一希の誘いに、名城が再び笑い出した。 「直球すぎるだろ」 しかし名城はその誘いに乗り、一希の口から奪い返したタバコを灰皿に押し付けた。すぐに唇を塞がれ、一希は名城の広い背中に腕を回す。 今夜は、孤独に慣れたこの男を癒してあげたい気分だ。 出会ってまだ間もないが、一緒にいるとき、名城が常に一希を甘やかしてくれているという自覚はある。 恋人同士のような甘さはないが、一希を気遣い、求めに応じ、望むものを差し出し、ワガママを叶えてくれた。だからこの男の隣は居心地がいい。そのサービス精神はきっと一希にだけ発揮されるものではなく、中学時代の後輩達にも、日替わりで連れている女達にも与えられ、だからこそ、人が寄ってくるのだろう。 それなのに、本人は一定の距離から人を近寄らせない。彼を慕っている後輩も、名城に直接声をかける者はいないし、彼女も作らず、一度寝た女とは二度と寝ないらしい。 一希とは今日で三度目だ。自分は特別なのか。それとも、男だから後腐れがないだろうと軽く見られているのか。 後者はないだろうと信じられるが、実際のところ、名城にとって一希がどんな存在なのかはわからない。 素早く衣服を脱ぎ捨て、ベッドの上で組み敷かれ、覆いかぶさる身体を抱き寄せ、濃厚なキスに溺れる。 今まで意識したことのなかった、滑らかな背中の肌触りを、掌を滑らせながら楽しむ。女の柔らかな身体とは違う、しなやかな筋肉の触り心地が、どこかエロティックだ。 「ん…っ」 名城の唇が首筋から胸元へと下がり、一希はその動きを目で追った。見下ろす先には逞しい肩と、一希の胸を愛撫する男らしい手。 「あっ、んん…」 器用な舌で乳首を弄ぶ男の、普段は見ることのないつむじが可愛かった。その髪を撫で、耳を撫で、首筋を撫でる。 今までになかった一希の愛撫が意外だったのか、こちらを窺うように顔を上げた名城と目が合った。 「一希…」 耳元で囁かれた自分の名前が、ひどく淫靡な音に聞こえる。 チュ、チュ、と鼓膜に直接響くリップ音に鳥肌が立つ。 やがてねっとりと絡みつくような舌遣いで耳介を舐められ、たまらず熱い息を吐き出した。 名城の掌が、一希の勃ち上がった性器を包み込むように撫で、先走りの液体がクチュッと音を立てた。 一希も名城の下半身に手を伸ばすと、ずっしりと迫力のある性器が、腹に付く程の勢いで持ち上がっていた。掌で包んで扱くと、はあっという熱い吐息が直接耳に吹き込まれた。そんな反応が、不思議と可愛くてたまらない。 「なあ、キスしたい」 「好きだな」 呆れたように笑いながらも、一希のおねだりにどこか嬉しそうに見える。 情熱的なディープキスと同時に、一希の性器が扱かれる。 「ん、んーっ、」 長時間にわたる二回のセックスで、開発されかけている一希の身体は、簡単に絶頂を迎える。 「あ、はあっ、な、んで、キス…っ」 「お前の声が聞きたい」 「な、あ、あ、んっ」 満足する前にキスをやめられた一希の不満はスルーされてしまった。 きっと声だけではなく、顔も眺めている気だと、じっと見つめてくるその目でわかる。そしてその羞恥心で余計に感じてしまい、呆気なく精を放ってしまった。 「はあっ、あ、悪趣味…っ」 「興奮しただろ? お前は中でイク時の方が可愛い反応するんだけどな」 「な…っあ、はあ…ん」 文句を言う前に、後ろに入ってきた指に喘がされる。たった今、自分が出したものを潤滑剤にして、一気に二本の指が押し込まれた。 「い、いきなり二本も…っ」 「お、すげえな。二本ってわかるのか?」 いつも通り、セックスが始まると意地が悪くなる名城を睨む。先程まで、可愛いと思っていた事など、頭から吹き飛んでいた。
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