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広間から出たルウは、出て行ったキーロを探していた。
もともと貴族の別荘だったものを改修して使っているだけあって、駐屯地の中は無駄に広い。
屋敷の中をあちこち探し回り、やっとキーロを見つけたのは二階の客間だった。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋のベッドの上で膝を抱えていたキーロは、まるで叱られた子供のような顔をしていた。
「今回はどこを焼かれたんだ」
「別に。どこも」
「さっき右脚をかばって歩いていただろう。他には?」
キーロは忌々しげに舌打ちをすると、シャツとベストを乱暴に脱ぎ捨てて背中を向けた。小麦色の肌は所々赤くなっていて、肩甲骨の下あたりには既に水ぶくれが出来ている。
「逃亡するための脚と、自分では治療しにくい背中……か。相変わらず、性格の悪い呪いだな」
「本当にそう思ってんなら、その気色悪いニヤケ面をなんとかしろよ」
「おや、見えてないのに分かるのか」
「入って来たときから満面の笑みだったぞクソサド野郎」
「それは失礼」
ルウは持参した薬品の中から塗り薬を取り出すと、キーロの背を濡らしたタオルで軽く拭ってから丁寧に塗り広げた。水場がないところでも火傷の処置ができるように作られたルウお手製の軟膏は、肌に触れるとひんやりと冷たくなる。
赤く腫れた箇所に薬を塗り終えたルウは、キーロの背のあちこちに残る傷のうち、腰のあたりにある丸い紋章のような古い火傷の跡をそっとなぞった。
「ルウ」
「なんだ?」
「痛い」
「当たり前だ。これに懲りたら、もう少し手を使わずに庇う方法を覚えるんだな。ほら、つぎは脚を診せろ」
ロングブーツを脱がせて裾を捲り上げると、背中よりも痛々しい赤色に染まった足首がのぞく。これは帰り次第すぐに医務室送りだなと判断し、ひとまず応急処置として薬を塗ることにした。
ベッドに腰掛けたキーロの足元に跪いて処置をしていると、どこかぼんやりとした声のキーロに呼びかけられた。
「なぁ、ルウ。パチルのやつ、王様になるつもりは無いんだろ?それなのにどうして、こんな目にあわなきゃならないんだ?」
「マイアン王国を含めて、ほとんどの国では王位継承資格については法的に定められているが、その放棄については定められていない。特にマイアンは、継承戦争を避けるために最低限しか子供を作らないのが良しとされてきたからな。下手に放棄を認めたら、血が絶えてしまって困るのだろう。本人に拒否権はないのさ」
「……勝手な話だな」
怒っているような、哀れんでいるような、諦めているような。行き場のない感情が込められた声だった。
ルウは薬の付いた手をタオルで拭ってからガーゼを固定すると、キーロが投げ捨てたシャツを拾って肩に掛けてやった。
「パチルは君じゃない。忘れるな」
「んなの、お前に言われなくても分かってるよ」
分かってなさそうだから言った。とでも言えば彼はもう一度怒ってくれるのだろうが、残念ながらキーロで遊んでいる時間はない。ルウはカーテンを開けると、不吉なほどに赤い西日に目を細めた。
「もうじき日が暮れる。帰還するぞ」
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