檻の中②

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檻の中②

 王宮の地下牢に閉じ込められてから、一週間が経った。  にも拘らず、未だ尋問部どころか罪状を説明する法官すら訪れない状況に、サジェは焦りを感じていた。  本来、捕らえられた罪人は法官が立ち会いのもと、1日以内に尋問にかけられる。もし冤罪だった場合の無用な長期拘留を避けるため、ダン国王とサジェが法律でそう定めた。その法が守られない状況は、法治国家であるこの王国を揺るがす異常事態であると言えるだろう。  もしや、部下たちに何かあったのではないだろうか。  サジェは、自分を慕ってくれていた法官たちを思い、胃がキリキリと痛むのを感じた。  アラーナとは、初日にエーリエルを通して話をして以来、一言も言葉を交わしてない。否、出来ないと言った方が正しいか。  と言うのも、最初は少しづつエーリエルに対価として与えていたクッキーが底をついてしまったのだ。魔術用の杖でもっていれば話は別だが、交渉材料を持ち合わせない人間に、彼ら妖精は興味すら示さない。  檻の中に置かれたベッドの上でスヤスヤと寝こけているエーリエルを、サジェは恨みがましい目で見つめた。  ふと、隣の檻が開かれる音がして、アラーナが兵士に連れて行かれたのが分かった。  怪訝に思い檻の外を覗き込んでいると、アラーナと入れ替わるようにして入ってくる人影が見えた。  従者もつけず、一人牢獄に足を踏み入れた男の顔をみて、サジェは自分の目を疑った。   「やあノイマン殿、元気かな?牢獄のご飯が少なくて、餓死してないかい?」  国王と同じ、くすんだブロンドの髪と深い緑色の瞳。  ヨーラ公カザリが、サジェの檻の前で笑っていた。 「お、王弟殿下……こ、ここのような、ば、場所に……っな、何故」 「僕が聞いたこと以外は喋らないでくれるかな?」  サジェの声を聞いたカザリがあからさまに不快そうな顔をしたので、サジェは萎縮して黙ってしまった。  純血主義のこの王弟は、貴族出身ではないにも拘らず宮廷法官として取り立てられているサジェを酷く嫌っていた。  それでも表面上は法官としてのサジェを尊重してくれていたし、仕事に支障をきたすような人間関係上のトラブルを起こすようなことはなかったのだが、罪人となったサジェにその配慮は必要ないと判断したらしい。サジェを見下すカザリの目は、まるで虫けらを見ているかのように温度がなかった。 「今日は君に見せたいものがあってきたんだ」  カザリが差し出した手配書に描かれたパチルの顔を見て、サジェは顔から血の気が引いていくのを感じた。 「……っどうして、こんな…………!」 「よく描けてるでしょ?でもさあ、何故か全然見つからないんだよねえその子。それに、他の君の部下たちが煩くてさ。手配書を取り下げろって、もう耳にタコができそうだよ」  カザリのその言葉に、サジェは場違いにも涙が出そうになった。  自分が檻の中に閉じ込められている今も、部下たちは法の番人としてのつとめを懸命に果たそうとしてくれていたのだ。 「あ、貴方なんですね……わ、私たちに、っむ、無実の罪を着せたのは」  檻にしがみつき、怒りを込めた目で睨みつける。  以前アラーナにこの事態の黒幕について訊ねられた時、サジェはカザリを頭に浮かべつつも、それを明言することはしなかった。  それは、証拠もないのに誰かを疑うのを良しとしない法官としてのプライドもあったが、それ以上に、カザリが王という立場にあまり興味を抱いていないかのように感じていたからだ。  血統至上主義で貴族気質な感は否めなかったが、カザリは領地である大都市ヨーラを過不足なく治め、兄である国王にも協力的だった。  カザリが国王と対立したのは、後にも先にも十年前、ソルフェ王妃の祖国が帝国からの侵略を受け、帝国との休戦協定が破られそうになったときのみで……。  そこではた、とある考えに思い至ったサジェは、その想像のあまりの恐ろしさに背筋に冷たいものが走ったのを感じた。  口の中が一気にカラカラになってしまったかのように、喉がひりつき、言葉が出ない。  けれど、訊かなければならない。  それが、このおぞましい可能性を弾き出してしまった、己の思考に対する責任のような気がした。 「あ……貴方の目的は……て、帝国との戦争、なのですか?」  サジェは、初めて自分の言葉で微笑むカザリを見た。  薄暗い牢獄を照らす松明の明かりが、カザリの穏やかな顔を照らす。 「僕の目的は、この国の恒久的な発展だよ。そのために、君に手伝ってもらいたいことがあるんだ。聞いてくれたらこの手配書、取り下げてあげてもいいよ」
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