第4章 鎖と囮

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 大陸の南東に位置する半島国家リーマニオンは、照りつける太陽と乾いた風が支配する常夏の国だ。  雨が少ない地域でありながら、国境付近のカナル山脈からの湧き水と国の三方を囲む海から水産資源に恵まれ、小さいながらも非常に豊かな国だった。海や市街地の美しさを活かした観光産業も盛んで、透き通ったエメラルドグリーンの海を一目見ようと毎年多くの富裕層がリーマニオンを訪れる。  マイアンに比べれば小さい城壁を潜った先にあった市街地は、大勢の商人や兵士達でごった返していた。風通しの良い白い服に身を包んだリーマニオン人の波の中に、ちらほらと黒いマントを着た護衛士達が見える。一年で一番大規模な任務である会談の警護にはメザリアの護衛士の大多数が動員されるらしい。  石畳の下り坂の両脇にはバラ色の煉瓦や白い漆喰で塗られた建物が立ち並び、家の窓からは極彩色の花籠が吊り下げられている。  色とりどりのガラス細工や草木染めの布、みずみずしいフルーツが積み上がられた店先を冷やかしている観光客。天幕の下でまどろんでいる子猫。  初めて来た国であるはずなのに、どこか既視感のある光景に首を傾げていたパチルの鼻先を、砂糖の焦げる甘い匂いがくすぐる。 「そっか、メザリアの大通りに似てるんだ」 「あ"~?何か言ったか?」  隣から死にかけのカエルのような声でキーロが言う。  意外にも暑がりのキーロは、ギラギラと照りつけるリーマイオンの太陽に早速参ってしまったらしい。パタパタと手団扇をしながら、もともと緩く結んでいたスカーフを更にだらしなく解いている。  日焼けしているから暑い国の出身なのかと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。 「ううん、ちょっと考えごと。そういえば、今回はどこの護衛を担当するの?指名が来たった言ってたけど……」 「そ。毎年俺たちを指名してくれるお得意様なんだけど……ちょーっと坊ちゃんには早い場所かなあ」 「なにそれ」  もう揶揄うときにしか使われなくなった“坊ちゃん”呼びに、パチルは口を尖らせた。本気で怒っているわけではないけれど、子供扱いされるのは結構癪だ。  会期中の依頼主はリーマニオン政府ということになっているらしく、報酬も政府から出されることになっている。  ただし、一部の団体や施設は自己負担で護衛士を指名してくる場合があるらしい。指名の理由は様々であるそうだが、わざわざ自分たちでお金を出してでも雇いたいと思われるのは並大抵の信頼ではないだろう。二人を指名した依頼主は、よほどルウとキーロを気に入っていようだ。  一体どんな人なんだろう。自分も依頼人の期待に添える仕事が出来るだろうか。  期待と不安を膨らませるパチルの前に、その答えはあっけなく現れた。
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