第1章 護衛商の浮城

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第1章 護衛商の浮城

「いや~、今回はラッキーだったなあ!」 「ああ、ラッキーだった。前回は誰かさんの旅程組みが雑だったせいで、二週間も城に合流できなかったからな」 「へーへー悪うございました。おかげで、誰かさんのツメが甘かったせいで15日も城に戻れなかったことを思い出せましたよー!」 「それは災難だったな」 「いや、お前のことだかんな!!」  空を駆けるヒポグリフの背の上で凄まじい風圧にさらされながら、二人は遠慮のない嫌味をぶつけ合った。おかげで口が乾いて仕方なかったが、必然的に大声にならざるを得ない飛行中の会話は、長期任務を終えたばかりの二人には良い憂さ晴らしになった。  嫌味と皮肉のレパートリーが尽きかけた頃、ようやくメザリアの全貌が望める距離までたどり着いた。   “浮城”とは呼ばれているものの、実際のメザリアは“浮き島”と呼ぶ方がふさわしい見た目をしている。本体の大岩は上から見ると扇のような形をしており、要の部分を手前とするならば、左半分が草地や畑などの緑地、右半分の手前側には町のように建物が立ち並んでいる。そして右奥にある巨大な建物が、メザリアの本部である城だ。  緑地帯には、雨や雲から魔術によって集めた水が川のように流れ、虹の橋が架かる断崖から滝のようにこぼれ落ちていた。  ヒポグリフは一度メザリアの上空まで上昇すると、大きく曲線を描くように滑空しながら、草地の端に建てられた灯台に向かって徐々に高度を下げた。夜になると星々の明かりを集めて輝く灯台は、夜間に帰還する護衛士のための道標である。  最後に二、三度翼をはためかせると、ヒポグリフは優雅に着地した。 「ルウ銀等護衛士、キーロ銀等護衛士、お帰りなさいませ」 「無事のご帰還、何よりです」 「ただいま~」 「出迎えありがとう」  出迎えに来た隻腕の少女と義足の青年に、ヒポグリフの手綱を託す。白い制服を着た彼らは、内勤の衛士達だ。  メザリアの組織は、護衛部と内務部、二つの部門によって成り立っている。キーロやルウのように黒い制服を着て地上からの護衛の依頼をこなすのは『護衛士』。一方、メザリアに残り、城全体の衣食住の環境を整えるのが内務部の者達の仕事だ。彼らは城を守る人、つまり『衛士』と呼ばれている。  衛士は主に任務によって負傷した者、高齢により護衛の仕事を続けられなくなった者、妊娠や子育てなどで一時的に任務から離れた者が務めていた。外貨を稼ぐことこそ出来ないが、城の生命線を握る重要な職務だ。 「任務中、何かお困りのことはありませんでしたか?もし私に、お力になれることがあれば……!」 「大丈夫だよ。いつも助かっている」  頬を染めながら一生懸命に話しかける少女を、ルウが完璧な笑顔で躱す。  こんな腹黒男のどこがいいのかキーロにはさっぱり分からなかったが、長身で整った顔立ちのルウはメザリアの女性陣から大人気だ。菫色の瞳を伏せ、風で乱れた黒髪を整えるルウを見つめる少女は、まるで夢見るような表情だった。  傍でキーロと同じく微妙な表情をしていた青年が、ご帰還されたばかりで恐縮なのですがと話を切り出した。 「執務室で頭領がお待ちです。帰還次第すぐ来るようにと」
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