第1章 護衛商の浮城

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頭領の執務室は、城の最奥に聳える塔の最上階に位置している。塔の内部は無骨な石造りになっており、薄暗い廊下は、地上階だというのに地下牢のような物々しさを感じさせる。  おかげで執務室の樫の扉の前に立つと、後ろめたいことは何もないはずなのに緊張する、と護衛士達にはもっぱらの不評だ。  例に漏れず、自分は何かやらかしてしまったのだろうか、と沈痛な面持ちのキーロをよそに、ルウはいたって涼しい顔をしていた。 「お前さ、少しは緊張とかしないわけ?呼び出しだぞ?」 「下手を打った覚えはないからな」 「どっから来んのよ、その自信」  うじうじと文句を垂れるキーロを無視して、ルウは扉をノックした。 「ルウ銀等護衛士、キーロ銀等護衛士。ただ今参りました」 「お入りなさい」 部屋の中には、執務机越しに手を挙げる男性。そして、その手前に10代前半と思しき少年が立っていた。 大きな緑色の目をした赤毛の少年は、入室した二人を怪訝そうな顔で見つめている。 「長期任務、ご苦労でした。貴方がたの活躍は、他の護衛士達からも聞き及んでいます。素晴らしいですね」 「ありがとうございます」 深々と一礼した二人に、メザリアの頭領、イサは柔らかく微笑んだ。ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、護衛士と同じく黒を基調とした制服に身を包んだイサは、一見すると50代後半に見える老紳士であるが、メザリア創設者の双子の片割れであり、200年以上の時を生きる大魔術師である。 メザリアに居るほとんどの者は、自分達に居場所を与えてくれたイサに感謝していたが、その実イサの年齢を始め、個人的な背景を知る者は誰もいない。 イサは世間話でも話すかのようにルウ達に任務の話を振り、なかなか本題に入ろうとしない。 呼び出しの用事はなんだったのかキーロは気になって仕方がなかったのだが、赤毛の少年も同じ気持ちらしい。少年が居心地が悪そうに身じろいだのをきっかけに、キーロが口を開いた。 「頭領、その子は……?」 「ああ、今日はその事で呼んだのでした。話が逸れてしまいましたね」  イサは一度咳払いをすると、ムスッとした表情で突っ立っている少年を指して言った。 「彼の名前はパチル・ゴルウェル。マイアン王国騎士団長の一人息子。そして─────現国王、ダン・マイアン陛下の隠し子です」
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