第1章 護衛商の浮城

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「かっ、隠し子!?」 「………………」 「陛下が長期に渡り病に臥せっていらっしゃるのは知っていますね?いよいよ政を続けるのは難しく、来年にはひとり娘であるウィルヘルミナ王女が即位されることが決まっています」  マイアン王国始まって以来の名君と名高いダン国王であったが、同時に幼少の頃から病弱な人物であることも知られていた。何度も体調を崩しながらも国を支えてきたが、ついに40歳になった一昨年、不治の病に倒れた。  この若き賢王を救わんと、国中の医者や魔術師が手を尽くた。あらゆる新薬、呪術、魔術薬、祈祷を試したが、とうとう誰も国王を治す手立てを見つけられなかった。  いつかこうなることを予期していたのだろうか、国王はほとんど寝たきりの状態になりながらも粛々と自らの退位と新女王即位の日取りを決め、まだ幼い娘が滞りなく政を引き継げるように準備を進めていった。忙しい執務の合間を縫って、法官と遺言書の作成も始めた。  世代交代への歩みを着々と進めていく一方で、王の容体は日に日に悪くなり、眠っている時間も少しずつ多くなっていった。 「ご自身の体調の変化に、陛下にも思うところがあったのでしょう。昏睡状態に陥る直前、陛下は突如ご自身の過去の過ちを告白したのです。『宮廷騎士団、アラーナ・ゴルウェル騎士団長の息子は、私の子だ』と」  アラーナ・ゴルウェルは王国史上初の女性騎士である。  地方の下級騎士の一人娘として生まれたアラーナは、周囲の反対を押し切って国立騎士学校に入学。以来、めきめきと頭角を現し、当時最年少で宮廷騎士として叙任を受けた。  その後も数々の戦場で活躍し、たった5年で騎士団長にまでに登りつめた女傑である。また、武術のみならず学問にも明るく、騎士見習いの頃から親交があったダン国王の右腕として、政治の場にも積極的に関わっていた。 「マイアン王国の王位継承権の要件は至ってシンプルです。現国王の血を引くマイアン人であること。つまり、正妻の子であろうが婚外子であろうが関係なく、王の直系の子孫であれば全員に王位継承権が与えられます。もちろん、パチル君にも」  キーロがちらりと視線をやると、パチルは眉間に皺をよせたまま、じっと床を睨みつけていた。 「しかし、ここで問題が2つありました。ひとつ、王位継承権は生まれた順に与えられます。ウィルヘルミナ王女は御歳10歳。そして、パチル君は現在13歳です」 「……つまり、法に則るならば、その子が次の国王になる。ということですか」 「その通りです」  二人にもだんだん話が読めてきた。王室が一丸となって王女の即位を進めてきた中で、降って湧いたもう一人の王位継承者。いくら王国が法に従った政治を重んじているとはいえ、パチルの存在は目の上のたんこぶだろう。  しかし、厄介な案件ではあるものの、それだけなら王国の法律家や王政執行部で話し合って処理すれば済む問題である。メザリアにパチルが居る理由まではわからなかった。  二人の疑問が顔に出ていたのだろう。イサは鷹揚に頷くと、話を続けた。   「もうひとつの問題は、ダン国王陛下のその告白の場に居合わせた人物が、たった二人しかいなかったことです。王国の遺言を書き留めている最中だった法官、そして……ソルフェ王妃です」  今度こそ事情を飲み込んだ二人は、思わず顔をしかめた。  王が幼年である場合、前王の王配、もしくは王妃が摂政を務めることになり、実質的な王権を手にすることになる。  今回の場合はソルフェ王妃がウィルヘルミナ王女の摂政を務めるはずだが、パチルが王位を継承するとなれば話も違ってくる。王妃からすれば、娘だけではなく、自分自身の立場すら脅かす可能性のあるパチルは、居なかったことにしたい存在に違いない。  しかし、ここで王の告白を無視したところで、いつ何時隠し子の存在が周囲に露見するとも限らない。ならば当然、取れる手段は二つに一つ。金を使った口封じか、殺しか、だ。  そして、いまここに彼が居ることを鑑みると、王妃は後者を選んだのだろう。 「その後の詳しい経緯は分かりませんが、誰かが──おそらく法官が、アラーナ騎士団長にその事を伝えたのでしょう。今朝早くに王国内にあるメザリアの駐屯地を訪れ、パチル君の保護を依頼してきた、というわけです」 「なるほど。では、騎士団長殿は今どこに?」 「ちょ、おまえっ!」  当事者の、しかも子供の前で平気で残酷な質問をするルウを、キーロは睨みつけた。  王の意識が戻らない今、国の最高権力者はお妃様だ。邪魔な子供を平気で殺そうとする権力者が、その母親、しかも夫の不貞の相手に温情をかけるとは思えない。  イサも答えるべきか迷ったのだろう、しばしの逡巡のあと、おもむろに口を開いた。 「…………いえ、やはり知っておくべきでしょう。先ほど駐屯地から入った情報によると、彼女はパチル君を預けたあと、宮廷騎士達に捕らえられたそうです。反逆の疑いをかけられて」 「そんなの嘘だ!!!」  いままでずっと黙って話を聞いていたパチルが、突然そう叫んだ。変声期を迎えていない甲高い声が、狭い執務室に響き渡る。 「母さんはずっと、王国のために尽くしてきた!騎士達だって、母さんがどれだけ国を愛していたか分かっているはずだ!!それに、僕は王位なんて……!!」 「落ち着きなさい。おそらく未だ拘束されているだけです。幸か不幸か、貴方達母子に危険を知らせた法官も、反逆の共謀罪で投獄されたようです。今は、彼の法律家としての腕と人望を信じましょう」  イサから窘められたパチルは、一度泣き出す寸前のような顔をした後、再び俯いて黙り込んだ。小さく震える肩が痛々しい。 「事情は分かりました。しかし、他国の政治や王権に関わる依頼を引き受けるのは、大水晶との契りに反するのではないでしょうか」  大水晶の契りとは、メザリア創設者のイサと、その双子の兄カノが結んだ水晶の精霊との契約であり、市井のおとぎ話では『お星様との約束』として語られている。  精霊や妖精との契約には、大なり小なり対価と制約を伴うものであるが、メザリアがその莫大な力を授かるために課せられた制約が、あらゆる戦争や内乱への不干渉だった。  契約に違反すれば最後、大水晶の恩恵は失われ、メザリアは文字通り地に堕ちることとなる。 「確かに、通常であれば受け入れられない依頼です。今回の依頼も、要人警護としては一度お断りせざるを得ませんでした。そこで……」  そこで一度言葉を切ったイサが、執務机の引き出しから羊皮紙を取り出してにこやかに笑った。その羊皮紙に見覚えのあったルウとキーロが、嫌な予感に顔を見合わせる。    「貴方達にパチル君と双子の契りを結んでもらい、訓練生としてお預かりしようと思います」 子供の前で本人の進退を話し合うのはどうかと思い、今まで口を挟まなかったキーロだったが、これには流石に反論した。 「ま、まって下さい!訓練課程を積んでいるヤツならともかく、素人の子供を護りながら任務に就くなんて、俺たちには無理っすよ!訓練生の安全のためにも、通常は金等護衛士が監督にあたるはずです!」 「その点は心配ないでしょう。あなた方は十分優秀ですし、パチル君も騎士見習いだったとか。先ほど少し見せてもらいましたが、魔術も武術もなかなかやりますよ、彼」 「しかし……っ!」 「これは命令です」 その一言で、部屋の空気が凍りついた。  ルウとキーロだけではなく、戦慣れしていないパチルでも、これが殺気だと分かる程の圧倒的な気迫。イサが護衛士としての第一線を退いてなお、黒い制服を身に纏い続ける由縁を垣間見た気がした。 ともすれば震えそうになる体をなんとか支え、キーロは深々と頭を下げる。 「…………失礼、致しました」 「貴方達には当分、通常の訓練生実習任務と同じか、それよりも簡単な任務を与えます。期間は、ウィルヘルミナ王女の戴冠式が行われる来年の2月までの10ヶ月間。くれぐれも、訓練生を死なせないように」 「承知致しました」 「それから、パチル君にはこれを」  イサはポケットから六角柱の水晶と小粒の銀を取り出すと、右手をかざして、囁くような小さな声で呪文を唱えた。  すると、何の変哲もなかった銀の粒が突如炎に包まれ、みるみるうちに溶けていった。溶けた銀はまるで生き物のようにひとりでに形を変え、水晶の端に巻きつきながら細長くなっていく。  そこに細かい穴が空き、鎖状になったのを見届けると、イサはフウッと息を吐き、一瞬のうちに炎を消し去ってしまった。出来上がったペンダントに異常がないかを点検し、目の前で起こった魔法のような光景にポカンとしているパチルに手渡す。  恐る恐るペンダントを受け取り、光に翳してみると、水晶の錘面に小さな三角形の模様が3つ見えた。 「レコードキーパー。訓練生に渡している特殊な水晶です。メザリア滞在中の記憶は全てこの石に保存されます。機密保持の関係上、ここを去る際にはこの石……つまり、メザリアでの記憶を全てご返却頂きますので、そのつもりで」
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