第2章 最初の任務

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第2章 最初の任務

 メザリアには城と大通りの二ヶ所に食堂があるのだが、朝食は城内で摂る者が多いらしい。食堂の役割も担う大広間は、まだ早朝だというのに多くの護衛士や衛士達で賑わっていた。 荘厳な彫刻の柱に支えられた高い天井のあたりには、昨日大通りでも見かけたカラフルな紙飛行機が、少し速度を落として飛んでいる。  パチルはチーズを乗せたライ麦パンを口に運びながら、向かいの席で並んで朝食を食べているルウとキーロの様子をそっと伺った。少し眠そうなルウと今日の予定について話しているキーロに、特に変わった様子はない。  昨日の夜、ルウの胸に振り下ろされたように見えた刃は、あと数センチの距離でピタリと動きを止めた。  そのまま時間が止まってしまったかのように静止していたキーロだったが、やがて何事も無かったかのように再び自分のベッドに戻った。 その間、パチルは手で口を押さえ、じっと息を殺していた。 「どうした?坊ちゃん」  あまりに見過ぎていたせいか、キーロと目が合ってしまった。怪訝そうに小首を傾げている。 「な、なんでもないよ。……えと、制服の着方合ってるかなって。変じゃない?」  思わず声が上擦ってしまった。パチルは元来、嘘や誤魔化しが滅法苦手だ。幸いキーロはそれ以上追求せず、パチルの着ている制服の話しに乗ってくれた。 「似合ってんじゃん。てか、そんなにちっさいサイズもあったんだな」 「一応、10歳からは訓練生に志願できるからな。もっと小さいのも用意はあるだろう」  白地に濃い青色の縞模様が入ったシャツに黒いベストとズボン。止血帯を兼ねたスカーフ。編み上げのロングブーツ。紺の裏地の黒マントには、盾をモチーフにしたメザリアの紋章が銀糸で刺繍されている。  質も仕立ても普段着ていたものより格段に良く、これ一式でいくらするのだろう、とパチルは途方もない気持ちになった。  ルウによると、この仕立ての良さにも意味はあるらしく、護衛士達の身体を外傷から守るのはもちろん、簡単には偽造できない仕様であるため、メザリアと不可侵の条約を結んでいる国であれば、この制服自体が入国許可証になるらしい。 「入国手続きが要らないってこと?」 「移動しながら飛んでいる城だからな。いちいち関所に降りるのは面倒だろう」  地上ならともかく、空には境界線を引くことができない。ならば最初から国の上空から入国する許可を得ていた方が合理的だと考えたイサが、この制服を導入したらしい。 「もともとのデザインが変わってるせいで、着てても結構不審者扱いはされるけどな~」 「それは制服ではなく、君自体が不審人物に見えたんじゃないのか?」 「胡散臭さが服着て歩いてるようなお前に言われたくねーよ!」  ルウの冗談に、口を尖らせて反論するキーロ。昨日と変わらず親しげに戯れる二人に、昨晩のことは夢だったのではないか、とパチルは思い始めていた。  ちょうど朝食を食べ終えたとき、天井を飛んでいた紙飛行機の1つが、スーッと音も無く三人の座るテーブルに着地した。 「お、いよいよ最初の任務だぜ、坊ちゃん」 「この紙細工が?」 「この中身が、だな。個々の力量に合わせた任務の指令書が、こうやって割り当てられるんだ」  ルウが黄緑色の紙飛行機を広げると、中には癖のある共通文字で、銅等および初級護衛士任務と題した文章が書かれていた。 《銅等および初級護衛士任務》   狼から羊を保護せよ  依頼人: デン・ヤンクス氏  護衛対象:羊15頭  場所:カナル山脈西、コーズ高原  期間:本日より2日以内  中間拠点:マイアン王国メザリア第二駐屯地 担当護衛士________________ 1×××,05,07 「うわぁ~、有害駆除とか何年振りよ」 「それこそ訓練実習以来じゃないか?」  任務内容が書かれた紙を覗き込んだルウとキーロが、懐かしそうに言った。二人の口ぶりから察するに、相当初歩的な任務らしい。 「でもなぁ、ちょっと王都から近いのが気になんだよなぁ」 「確かに。コーズ高原というと、王都からは馬で4時間くらいか。流石にそこまで追っ手を張らせているとは考えにくいが……」  どうやら二人は、パチルを追ってくるであろう王妃からの刺客を警戒しているらしい。 「メザリアがマイアン王国上空から移動するのを待って、遠方の任務に出るのが一番安全ではあるが…………あまり城に留まると、大水晶に訓練生だと判断されなくなる可能性もあるからな」 「どうする、坊ちゃん?頭領に掛け合えば違う任務も選べるとは思う」 「……いえ。この任務、やらせて下さい」  二人の言う通り、王都に近いということは、追っ手が来る可能性がゼロとは言えない。  しかし、宮廷騎士達もまさか子供であるパチルが一人でカナル山脈に逃げたなどとは考えないだろう。後ろ楯がない子供を匿うならば、王都から少し離れた町であると予測するはずだ。メザリアに逃亡したことは、まだ誰も知らないのだから。  パチルが自分の考えを伝えると、キーロがなるほどなと頷いた。 「坊ちゃんがそう言うなら、俺も異存はねえよ。任務の難易度自体は妥当だしな」 「決まりだな。ではここにサインを」  ルウが、空欄になっていた“担当護衛士”の箇所を杖でつつくと、お手本のような美しい筆致で“Lugh”という文字が現れた。続いてキーロが杖を乗せると、今度は子供の落書きのような筆跡で“Kiiro”の文字が現れる。 「毎回思うけど、筆跡再現してくる機能マジ止めてほしいよな」 「何度見ても思うが、いっそ芸術的なまでの悪筆だな君は」 「うるせぇやい。坊ちゃんはまだ杖持ってねえから、頭領から貰ったペンダントをかざしてみ」  言われた通りにレコードキーパーをかざすと、“Patil”という見慣れたやや丸い文字が浮かび上がった。本当に自分の筆跡が再現されるらしい。  三人がサインを書き終えると、指令書はひとりでに折り畳まれ、再び元の紙飛行機の形に戻ったかと思うと、大広間の外へ飛んでいってしまった。おそらくイサの執務室に向かったのだろう。 「魔術なのに、魔法みたいだ」 「頭領の魔術は、もうほとんど奇跡の領域だからなぁ。でもあれくらいなら、たぶんルウも出来るぞ」 「そうなの?凄いんだね、ルウ」  パチルから尊敬の眼差しを向けられたルウは、たじろいだかのように視線を逸らして、咳払いをした。 「再現は簡単に出来るが、全く同じ術式を組み立てるのは流石の私でも難しいさ。……でもまぁ、不可能ではない」 「え、なに?珍しく控え目じゃん。ルウ君ってば照れてんの?」 「煩いぞキーロ」  謙虚なのか自信家なのかよく分からないコメントだったが、ルウなりの照れ隠しだったらしい。キーロに指摘されると、ルウはフイとそっぽを向いてしまった。    
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