微かに、細く弱くだが、

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 見るとすぐそこ、バンガローの前庭に設置されている小さな水道場(すいどうば)の周りには、割れた水風船の色とりどりの破片が散らばっていた。 帰る時に片付けないといけないなと、俺は思った。  町山君はそこで言葉を切り、俺を見た。 「由利先輩も」 「――あれは騒いだからじゃない。単なる飲み過ぎだ」  町山君の目が眼鏡の奥で、イタズラっ子っぽくきらめいたように見えて、俺は思わず苦にがしく応じた。  由利とは妻の名前ではない。旧姓だった。 学生時代の延長線上でか、町山君は未だに妻をこう呼ぶ。  そして、 「丹生(にわ)さんは、由利先輩と結婚されて何年でしたっけ?」 俺のことは名字で呼んだ。 比較的、珍しいのだからかも知れない。 「四年だよ。今年で五年目になる」  我ながら当たり前の、つまらない返しだなとは思ったのだが、町山君は真剣な面持ちで聞いていた。  ややしてから、 「――失礼ですけど、お子さんは?」 とたずねてきた。  その口調の神妙さとかしこまった表情とに、そんなに聞きづらいのなら、わざわざたずねなければいいのに、と俺は町山君を笑った。 「別に失礼でもなんでもないさ。俺も佐知も子供がいないのを、特に気にしてはいない」  全くの嘘ではなかった。 一年目、二年目までは、周りからも色いろと言われたので焦った。 三年目に二人で話し合って、自然に任せようと決めた。 ――そして現在、五年目に至っている。
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