3.懐かしい名前

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(あらた)の脳裏に、あの日の記憶の断片が蘇る。 激しい焦燥感に駆られながら一気に駆けのぼった階段のリノリウムシートの緑色、午後の日差しと埃っぽい匂いだけが残っていた無人の教室、やっと見つけた小さな後ろ姿に覚えた安堵、渡り廊下から声の限りに叫んだ喉の痛み、そして、呼び掛けてもこちらを頑なに拒む(かける)の背中。 「エリート集団かと思ったら、海聖にも問題起こして退学になるようなヤンチャなのがいるんですねぇ」 高杉の言葉に意識を引き戻された。 「いや、そんな奴じゃなかったんだ。むしろ優等生、いやちょっと違うな……明るく人懐っこくて、みんなのマスコット的な存在だったんだ。でも根っこの部分はくそ真面目で。だから、級友だけでなく教師たちからも豆シバ、豆シバって愛称で呼ばれて可愛がられて……一言でいうと人気者だった」 「マメシバ?斯波(しば)さんだから?」 「チビだったんだ。犬がしっぽ振りながら陽気にころころ走り回ってるイメージ?天真爛漫に見えるけど、本質は柴犬みたいに律儀で真面目で。あいつにぴったりのあだ名だった」 ――『結城ー!おっはよー!』こちらの姿を見つけると飛びつかんばかりの勢いで駆け寄ってきて、朝からテンション高く笑顔を弾けさせる(かける)。文化祭の打ち上げでクラスのメンバーに胴上げされて、着ぐるみ姿でケラケラ笑い転げる(かける)。あいつは学園生活を謳歌し、みんなに愛されていた。 「一体、何をしたんです?そんな人がなんでまた、退学になるような事件を起こしたんですか?」 「それが、ずっと俺たちの謎だった。やったことは子供の悪戯みたいなものだったんだが……なんで突然そんなことをやらかしたのかは……わからない」 何故。 それは(あらた)が今まで幾度となく理由を探して思いを巡らせ、悩み、手に入れることが出来なかった答えだ。
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