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「社長、ようやく例のファイルが閲覧できるようになったようです。人事部からUSBメモリーが届いています」
高杉が自分のデスクの上に置かれていたメモを読みながら黒いUSBメモリーを手渡してきた。
「ん? なんでUSBなんだ? てっきり社内クラウドのアクセスコードが来るんだと思ってた。まあいい。明日、社内を回る前に目を通しておきたいから、少し時間をくれ」
「了解です。私はこちらで作業をしていますので、何かあったら声を掛けてください」
初日から軽く一悶着あったデータがようやく見られる。新は起動したデスクトップパソコンにメモリーを差し込んだ。
関連会社を含めないマトバ産業単体の正社員は150人弱しかいない。新はその150人の顔と名前と経歴を早々に頭に入れておきたいと考えていた。
150人なんて高校時代で言えばたった3クラス分だ。コンパクトな会社なら人間関係も密で、きっとすぐに全員と面識を持つことになるだろう。それはそれでいいのだが、明日から社内の各部署を回ることになっている。
――事前に社員データを頭に入れておけば、ただの顔合せより一歩踏み込んだ効率的な視察ができるんじゃないか。幸い、記憶力には自信がある。
きっかけはそんな軽い思い付きだった。そこで人事評価ファイルの閲覧をしたいと申し出たところ、これが思わぬ抵抗にあった。
人事部でも、役員会議でも「見せられない」の一点張り。何か社内規定があるのかと理由を尋ねても「慣例で」と曖昧な返事が返ってくるばかりで釈然としない。「社員名簿で代用してください」と言われたが、社員名簿に載っているのは顔と名前と所属ぐらいだ。ただ顔と名前を一致させるだけでは、個人の経歴や持っている資格、関わった業務やその業績についての評価も知ったうえで現場の社員に質問したいという新の当初の目的は達せられない。
――何が問題なんだ? 単なる嫌がらせとも思えないが……リストラの資料として利用されると恐れているのか? まあ、初日から些細な事で揉めるのは得策じゃないな。人事評価システムについてはいずれじっくり検討するとして、今回は折れておくか。
そう思い新が口を開きかけたとき、常務の田渕がおもむろに声を上げた。
「確か、査定や人事考課が載っていない社内での経歴資料はあったんじゃないかな。人事部にそれを開示させますよ。それで視察は事足りるのではないですか?」
時間も押しているし、このあたりが落としどころかと新はそれで了承をした。そのデータが届いたわけだ。
――とりあえず明日回る、本社の社員からだな。……ん? これはなんだ?
モニターに表示されたUSBメモリーの中身を見て、新は首をひねった。
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