3.懐かしい名前

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メモリーの中には3つのフォルダーがあった。 ・文書1 ・研修 講師役リスト(仮) ・海外事業所 現地採用スタッフについて(追記) 下の2つは明らかにこちらが要求したものとは無関係に思える。 ――誰かの私物USBか? 不要データの消し忘れ? 違うような気がしながらも、もしかすると一つ目のフォルダーがタイトルをつけ忘れた該当資料なのかと(あらた)が「文書1」と書かれたフォルダーをクリックしたとき、隣の社長秘書室で電話が鳴り始めた。いつもはもう一人の秘書である三崎が控えている部屋だが、今日はもう帰社させている。高杉が内線ボタンを押し、社長室の電話で取った。 「はい、社長秘書室です……ええ、受け取りましたが……え? そうなんですか。今からですか? わかりました、お待ちしています」 受話器を置いた高杉がこちらを向いた。 「人事部からなんですけど、先ほどのUSB、間違ったものを届けたので今から正しいものを持って来るそ……社長、何やってるんですか?」 パソコンのモニター画面をスマートフォンで撮影している(あらた)の姿に高杉が訝し気な声をあげる。(あらた)はパソコンから取り外したUSBメモリーを渡しながら高杉に指示を出した。 「人事部が来たら、名前を聞いてくれ。それからこのメモリーが誰のものかも知りたい。あと、俺に適当に話を合わせてくれ」 「はい……何かありましたか?」 「後で話す」 (あらた)が言い終わらないうちに、秘書室のドアがノックされた。高杉が応対に出て、相手がミスを詫びているところへ、(あらた)もたまたまという風を装って秘書室に足を踏み入れた。 やってきたのは20代前半と思われる、痩せた男性だった。顔を引きつらせペコペコと頭を下げていた男は、入ってきたのが就任したばかりの新社長だと気付くと、ますます顔を蒼くして声を裏返した。 「しゃ、社長、も、も、申し訳ありません! 私の手違いで、ご、ご迷惑をおかけして……」 「大丈夫ですよ。先ほど帰社したばかりなんです。ちょうどこれから見ようと思っていたところですから」 そう言って微笑みかけると、男はあからさまにホッとした表情を浮かべた。 「遅くまでご苦労様です。人事部はいつもこんな時間まで残業ですか?」 「あ、いえ、季節でムラがありますが、今日はたまたま……です」 「そうですか。あ、一つ伺ってもいいですか? 当社の人事評価システムはオンプレミス型ですか、それともクラウド型ですか?」 一瞬キョトンとした男は、すぐに我に返るともごもごと答えた。 「クラウド型ではないです。しかしオンプレミスと言えるほどシステム化されたものではなく、えっと……人事部に独立したパソコンがありまして……あ、あの私も詳しいことはちょっと……」 「そうですか。いえ、データがUSBで来たのがちょっと意外だったものですから。どうもありがとうございます。お疲れさまでした」 再度微笑みかけると、男はしきりに頭を下げながらぎこちない動きで秘書室を出て行った。 「人事部の下川さんだそうです。封筒の中にうっかり取り違えて私物のUSBメモリーを入れてしまったことに先ほど気が付いたそうです。いきなり新社長にミスを知られて可哀そうなぐらい焦ってましたね。手が震えてましたよ」 「それだけじゃないかもしれない」 「どういうことです?」 「まあ、まずはデータを見てみよう」
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