3.懐かしい名前

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先ほどと見分けがつかない程そっくりな黒いUSBメモリーを再度パソコンに挿入すると、今度は「異動経歴表」というファイルが一つだけ入っていた。それを開く前にプロパティーを確認した(あらた)は「やっぱりな」と呟いた。 「田淵常務は元々こういう文書があるような言いぶりだったが、急遽作らせたのかもしれない。ファイルの作成日時が昨日の午後だし、その後の更新履歴が深夜や今朝の5時になってる。下川君、目の充血とクマが酷かった。無理をさせたのだとしたら悪いことをした」 「人事部にある人事評価専用機から全社員分の必要なデータを抜粋しなきゃならなかったのなら、大変だったでしょうね。ところで、さっきわざわざスマホで撮ってたのは何だったんです? あれは下川君の私物だったわけでしょ?」 「ああ。たまたま開いたファイルにちょっと物騒なものが載ってそうだったんで、とっさに控えたんだ。内容に問題なければそのまま消去するつもりだが……取り合えずこのことは口外しないでくれ」 「え、なんかヤバそうですね。それで痕跡残したくなくて写真ですか。だけど相手に内緒で写真撮るってのは、まずいんじゃないですか?」 「だけど向こうが勝手に持ってきたんだし、資料だと思って開いちゃったのは仕方がないだろ。電話が掛かってくるのがあと1分遅ければ、どうせ俺、全部覚えちゃってたろうし。それに嘘はついてないぞ。中身を見なかったなんてひとことも言ってないし、『これから見ようと思ってた』のは、欲しかったデータのことだから」 高杉は肩をすくめて大げさに溜息をついた。 「あー、思い出しましたよ、結城先輩のそういうとこ。初っ端からあんまり危ない橋渡ったりしないでくださいよ」 「大丈夫だって。俺は公明正大で何人(なんぴと)の不幸も望まない男ですよ。とりあえず俺はこの経歴表を見る。高杉は自分の仕事を進めてくれ。場合によっては後でお前にもさっきの写真見てもらうかもしれない」 「はいはい、分かりました」 改めてパソコンに向かい、ファイルを開く。どうやら社員名簿をベースに最終学歴と社内での所属先の異動経歴を貼り付け、組織図に合わせて並べ替えてあるようだ。 ――わざわざ作らせたのなら申し訳なかった。下の者にこういうしわ寄せがいくのなら無理を言うようなことじゃなかったんだ。これからはもう少し気を付けよう。だけど、田渕常務はなぜああ言ったんだ? 彼が勘違いしていたのでなければ、あくまでこちらに人事評価を見せないため? あるいは、こちらの意識を人事評価から逸らしたかった? 何らかの思惑があったのではと少しモヤモヤするが、せっかく作ってくれたものを無駄にしないためにも集中しようと意識を切り替えた。
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