1.消えた親友

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1.消えた親友

――もっと早く、もっと早く! 2段飛ばしで階段を駆け上がりながら、先走る気持ちに追い付かない己の肉体に檄を飛ばす。負荷が掛かる脚よりも胸の方がドクドクと痛みを感じているのはきっと心肺機能のせいじゃない。 ――居ろよ、絶対。勝手に消えるなよ! 目的の5階に着くと人もまばらな廊下を一番奥の教室までダッシュして、(あらた)は勢いよく戸を引いた。 だが教室には誰もいない。 「職員室に居た」のは後輩の見間違いだったのか?だが「教室へ荷物を取りに行くと話していた」とまで言っていたのだ。途中で行き違いになったに違いない。咄嗟にポケットに手を突っ込みスマホを探すが、着ているのは部活のジャージでスマホは部室のカバンの中だと思い出す。 ――そもそもあいつはスマホに出ないし、担任だって携帯しているか分からない。 「くそっ!」 舌打ちして踵を返し、周辺の教室に残っている人間がいないか見て回る。二つ隣の教室に二人組がいるのを見つけて声を掛けた。 「おいっ、斯波(しば)を見なかったか?」 「見た見た!俺らが上がって来る時、担任と保護者らしき人と一緒に下りてくのとすれ違った」 「5分ぐらい前?なんか別人みたいで声掛けられなかった。なあ、どうしちゃったの、あいつ」 「サンキュ!」と返事もそこそこに走りだす。 ――間に合え、間に合ってくれ! 3階まで一気に駆け降りると、高校棟と中学棟を繋ぐ渡り廊下へ飛び出した。そこから正門の方を見下ろすと、今まさに校門を出ようとしている男性と少し遅れて歩いていく斯波(しば)の背中が見えた。 (あらた)は胸いっぱいに空気を吸い込むと、声の限りに叫んだ。 「斯波(しば)―!!」 声が校舎と向かいに立つ体育館の壁に跳ね返りエコーが掛かったように響いた。下校しようとしていた生徒の数人が何事かと周りを見回している。だが今は人目を気にしている場合じゃない。もう一度同じように友の名を叫ぶと、斯波(しば)の歩みがぴたりと止まった。 ――良かった、聞こえた! 「斯波(しば)!そこで待ってろ!すぐ行くから!」 前を歩いていた男性が振り返ってこちらを見ている。だが斯波(しば)本人はこちらに背中を向け突っ立ったままだ。 ――俺だよ、わかるだろ?こっちを向け!俺を見ろ! だがその背中はこちらを拒絶するように微動だにしない。 「今行くから!そこにいてくれよ!」 もう一度念押しして身を翻したとき、視界の端で斯波(しば)がまた校門へ向かって歩き始めたのが見えた。 ――なんでだよ!? 「(かける)―っ!待ってくれ!」 ふたりでいるときにしか呼ばない名で呼びかけても斯波(しば)の歩みは止まらない。(あらた)は一階へ駆け下り、靴を履く間も惜しいと手でひっ掴むとソックスのまま校舎を飛び出した。 ――(かける)、どうしたんだ、いったいお前に何があったんだ。俺は聞きたいことが山ほどあるんだ…… 正門へ辿り着いたときには、もう門の外にも斯波(しば)の姿はなかった。最寄り駅までに追いつく可能性に賭け、テニスシューズに足を突っ込んだ時、目の前の車道をグレーのBMWが通り過ぎた。その助手席には前を睨みつけるような硬い表情の斯波(しば)の横顔があった。咄嗟に歩道を並走して追いかけたが、車はすぐに奥の車線へ移り、次の信号で右折して走り去ってしまった。 ぽたぽたと滴り落ちる汗もそのままに、呆然と立ち尽くす。 ――翔、なぜだ? 俺の声に気付いたよな? なんで俺を避ける? ――なんであんなことやらかしたんだ? ずっと燻っている疑問が(あらた)の中を埋め尽くす。だが、それらの答えを知ることはついぞできなかった。 翌朝、登校すると高校棟の昇降口に人だかりができていた。皆の視線の先にあるのは掲示板に貼られた白い紙。 『 斯波(しば) (かける)   右記の者、   4月30日を以て退学処分とする 』 多くの謎を残したまま、斯波は海聖学園から姿を消した。
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