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うだるような蒸し暑い日だった。 高校1年生の篠崎公佑(しのざきこうすけ)は唯一冷房が効いている図書室で項垂れるように座っていた。 「おい、ヒマならさっさと帰れよ」 図書室に良く入り浸っている同じクラスの佐々木が眼鏡を指で上げながら話しかけてきた。 「家でクーラー付けたら親うっせぇーんだよ」 「大体1年で早々レギュラーの天才がここで何やってんだ?」 「できねぇのに行ってどうすんだ」 「応援?」 「アホか」 確かにこの物静かな場所にもともと地黒の肌をますます焼いた巨体が場違いにふんぞり返っていたら、違和感か目障りでしかないだろう。 「全治どのくらい?」 「そのうち」 「はいテキトー」 篠崎は右手の親指と人差し指の間から手首にかけてグルグル巻きになった包帯を触るとチッと舌打ちをした。 「とにかくちゃんと治せよ、皆待ってんぞ」 佐々木に肩をポンと叩かれ、何様だ?と顔を上げた時、視界に入った光景に目が止まった。 視線の先の男は、体感的に40度あるんじゃないかと誰もが思うこんな夏日に、長袖のシャツに薄いブルーのベスト、白いマスクをして本を取るその手は真っ黒なレザーに覆われた手袋をしていた。 「あいつ大丈夫?やばくね?」 佐々木は差す指の先に気付くとあぁ、と隣りに座り直した。 「3年の志山唯月(しやまいづき)先輩。有名だぞ。知らないのお前位じゃないか」 「なんで?」 「重度の潔癖家系で一年中常にあの格好。素顔を見た人もいないし、誰にも一切触らせないし口も利かない。学校公認らしくて先生達も志山先輩が不利な事はさせないらしいよ」 「げっ気味わりぃ」 もう1度佐々木越しに覗くと志山は1冊の本を手に取り窓際の机に立ちハンカチを敷いた椅子に座った。 見えた本のタイトルは『海』だった。
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