第1話:高嶺の花

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第1話:高嶺の花

 僕は、よく高嶺の花にされる。 「――ただ今、ご紹介に与りました新入社員の月瀬幸輝です。中途入社という形ではありますが、新人同様、精一杯業務に勤しんでいきたいと思っています。どうぞご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」  相手に不快感を一切与えない笑顔をふわりと浮かべてから、ゆったりとした動きで頭を下げる。顔を上げた頃には、こちらに向けられる視線の殆どが恍惚の色に染まっていた。  まるでテレビに出ているアイドルでも目の前にしたかのように。  ――ああ、またか。  幸輝は目前の様子を一瞥すると、胸中で溜息を吐いた。  自分がこういった目で見られるのは、今に始まったことじゃない。最初は確か、高校に入学した時だったか。第二次性徴を終え、子供らしさが抜けた頃から、幸輝は周囲の人間からこういった目で見られることが多くなった。  高校時代のクラスメートの言葉を借りるなら、幸輝は『美しいという形容詞が、恐ろしい程似合う顔』なのだそうだ。少し眦が上がった切れ長の瞳と瞼に影ができるほど長い睫は、瞬きする度に高潔さと散る花びらの如く儚さを漂わせて見る者を魅了する。鼻筋は通っていて形もいい。そして何より人の目を引くのが、女性も羨むほど赤く熟れた唇と木目の細かい肌らしく。  そんな中性的な容姿のせいでこれまで幾度となく「写真集の中から飛び出してきた女優だの、時には京美人だの」と、女性を例えた言葉を並べられてきた。  しかも悲しいかな、それらには必ず余計な副産物がついてきて。 「あの、こちらの営業所に在籍されている方は、朝礼で集まっていた方々で全てですか?」 「え? あ、ああ……えっと、確か……」  朝礼が終わった後、仕事の説明の為に付き添ってくれた男性社員に何気ない話題を振る。するとその社員は幸輝と目を合わせた途端に目を泳がせ、慌てて逸らした。  どうやら幸輝の顔に見入っていたようだ。 「一人だけ朝から顧客と会うからって朝礼に出なかった社員がいる……かな?」 「その方のお名前、教えて頂いてよろしいですか?」  ニコリと笑って尋ねる。わずかに首を傾けたからか、前髪がサラリと揺れた。 「え、営、業部の……各務さん、だよ」  目の前の男性社員が、せっかく逸らした視線をまた奪われ、頬を赤く染めてから一歩後退する。 「営業部の各務さんですね。では、あとで別にご挨拶しに行きます」  幸輝は三歩程後ろに下がって、社員との距離をあけた。途端に社員の顔に安堵が浮かび、あからさまにホッと息までついた。  そう、これが副産物の一つだ。  整いすぎた容姿は賛美された後、決まって距離を置かれる。こちらが反論できないことをいいことに、「何だか近寄ったらいけない気がする」とか「見ているだけで幸せ」だとか、挙げ句の果てには「自分たちに話しかけられたら、気分悪くすると思って」なんて勝手に決めつけて。  こちらは一言も迷惑だなんて言っていないのに、イメージの一人歩きもいいところだ。  できれば顔なんて早く見飽きて欲しい。  幸輝は本気でそう願い、新しい一歩をスタートさせた。 ・ ・ ・
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