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清花が退院して、初めて家の玄関をくぐったと同時に、娘はもう我慢出来ないといった様子で、私を押し倒した。
「お姉ちゃんっ……お母さん死んじゃって、私どうしたら……すごく寂しいよ……」
最愛の朱雀に、母の死がどれほど苦しいかを嘆き、抱きつく清花。でもそれは全てが歪になった虚構の世界。
本当に清花の目の前にいるのは母だ。それなのに私をお姉ちゃんと呼びながら、母の死を悲しいと泣きつく。
ただでさえ私自身が朱雀を飲み込めていない中、私と朱雀の死を比較して、私を消した清花が、母の死を悲しいと泣き叫ぶ姿は、酷く欺瞞的に見えた。
清花自身が筆舌に尽くし難い地獄にいるのだと納得しようと努力した。だけど、それで自分を納得させられるような、歪みではなかった。
にもかかわらず、清花は更なる歪みを私に見せつけた。
「お姉ちゃん、いつもみたいにキスして」
耳を疑った。何かの聞き間違いかと。長女の死と、次女の記憶改竄が、自分の精神を想像をはるかに超えて蹂躙していて、その結果聞こえた幻聴かなにかかと。
時を止められたように動かない思考。清花の口づけが、止まった時計を動かした。
「ん! やめて清花っ!」
反射的とはいえ、傷心の娘に向けて良いレベルをはるかに超えた拒絶。怒声をあげながら、清花を力の限り突き飛ばしてしまった。
壁にかけていた額縁が落ちた音が響く。
「お姉ちゃん……ごめんなさい。こんな時に不謹慎だったよね。ごめんね」
骨折した左腕をぶつけてしまったらしく、痛みで顔を歪めている。
いくら娘にキスされたのが不快だったとはいえ、ここまで強く拒絶して、痛みを与えては正当防衛とは思えなかった。
キスの熱が冷めて、頭が冷静になって、自分がどれだけ酷いことをしたのかがわかってくる。
「ごめんなさい清花。突然のことでびっくりしちゃって。何かご飯作るけど、何か食べたいものある?」
「何か作るって、お姉ちゃんオムライスしか作れないじゃん。それも卵破れたの。でも、まぁ、オムライスに文字書いて告白するために頑張って練習したんだからそれは凄いと思うよ。センスは絶望的に悪いけどさ」
姉妹で付き合っているのが当たり前みたいに言い放つ清花。その嬉しそうな表情を見て、私はいかに娘のことを知らないかを思い知った。
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